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最古の人類
アウストラロピテクス・アファレンシスの復元像 Wikipedia

最古の人類

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最古の人類

地球上に人類の祖先(猿人)が誕生したのは、今から500万年以上も昔のことである。その後、人類は原人旧人へと進化し、4万〜1万年前にやっと現在のわれわれとほぼ同じ骨格の新人が誕生したと考えられる。この気の遠くなるような長い間、人類は採集と狩猟・漁労による生活をおこなってきた。まだ文字を知らず、呪術的意味をもつ絵画・彫刻の他には、記録を残すことはなかった。こうした時代を先史時代という。

先史の世界

地球上に人類の祖先(猿人)が誕生したのは、今から500万年以上も昔のことである。その後、人類は原人旧人へと進化し、4万〜1万年前にやっと現在のわれわれとほぼ同じ骨格の新人が誕生したと考えられる。この気の遠くなるような長い間、人類は採集と狩猟・漁労による生活をおこなってきた。まだ文字を知らず、呪術的意味をもつ絵画・彫刻の他には、記録を残すことはなかった。こうした時代を先史時代という。
ほぼ1万年前になって、やっと人類は農耕牧畜を開始し、集落を作って定住するようになった。ここに、人類の生活は獲得経済から生産経済へと、革命的に変化したのである。考古年代でいうところの旧石器時代から新石器時代への移行である。農耕・牧畜は、まず西アジアから東地中海一帯で始まった。イラクのジャルモ遺跡などが最古の新石器時代の集落として知られ、おもに麦の栽培と山羊・羊などの飼育がおこなわれた。
そして、紀元前5000年ころからユーラシア・アフリカの各地に波及し、それぞれの地域の風土にあった作物栽培や牧畜へと発展していった。

そのなかで、とくにナイル川・ティグリス・ユーフラテス両河、インダス川、黄河・長江など乾燥地帯の大河流域では、灌漑農耕の必要から大集落が形成されるようになった。青銅器などの金属器の登場は、生産力の増加とともに、階級の発生を促した。貴族階級は部族神をまつる神殿を中心に、大集落を統合して都市を形成し、農耕・牧畜にたずさわる周辺の一般平民や征服により獲得した奴隷を支配した。いわゆる都市国家の成立である。各都市国家では、神殿への貢納や交易を記録するために文字を発明した。この金属器の登場、都市国家の形成、文字の発明は、文明の発生の重要な指標とされる。こうして、人類は文字による記録の時代、すなわち歴史時代に入り、古代文明の興亡をみることになる。

最古の人類

人類は地球上における動物の進化の過程で、その一分岐として出現した。生物学的には人類は霊長目ヒト科に属するが、その特徴は直立して二足歩行し、両手で道具を用い、を扱い、労働して、言語を基礎とする文化をもつことだといわれている。その人類がいつ現れたかについては、考古学や人類学、古生物学の発展にともなう種々の発見により、さまざまな仮説が主張されてきた。パキスタンとアナトリアでその骨の一部が発見されたラマピテクスやシバピテクスは、1400万年前に出現した類人猿の一種族であるが、これが人類の始まりだと一時主張された。しかし最近ではこれらはオランウータンの始祖とみなすべきで、類人猿の進化の過程でまずオランウータンとなる系統が分離し、人類はもっとあとに分岐したと考えられるにいたった。

したがって人類が独自の系統の進化のコースに入ったのは、800万年から500万年前にかけてのことと思われる。その段階の証拠となるものは見つかっていない。しかし最近エチオピアであごの骨が発見されたラミダス猿人(アルディピテクス・ラミダス)は、明らかに類人猿とはことなる特徴をもっており、これが現在知りうる最古の人類=猿人とされている。同じエチオピアで完全な骨格が発見されたアウストラロピテクス・アファレンシスは、400万年前よりはのちに現れたと思われるが、明らかに直立して歩行し、腰や足の骨には新しい変化が生じていたことがわかる。
同じ系統の猿人として、アウストラロピテクス・ボイセイ、同ロブストスなど全部で4種がすべてアフリカで発見された。250万年前になって、更に進化した人類がやはりアフリカに出現する。これが最初のホモ属のホモ・ハビリスで、脳は大きく、丸い頭蓋骨は人類型の顔をしており、ことに大腿骨はアウストラロピテクス属にくらべ現代の人類に極めて近い。

先史時代年表

実年代
(年前)
地質
年代
史的
年代
考古
年代
人類経済・社会・文化
500万年








初源期の人類の出現
400万年アウストラロピテクス・アファレンシス猿人獲得経済(狩猟・採集)
礫石器の使用
言語の形成
道具の製作
火の使用
群社会
野外・
洞窟住居
250万年ホモ・ハビリス
130万年ジャワ原人原人
50万年北京原人
12万年ネアンデルタール人旧人埋葬開始(宗教の起源)
剥片石器の使用
骨角器の製作・漁労
弓矢の発明
洞窟絵画
6万年クロマニョン人
周口店上洞人
新人
1万年





農耕・牧畜開始, 生産経済に入る
磨製石器・土器・織物・煉瓦・村落定住
4000年



シュメール人
セム語系・エジプト語系民族の登場
インド・ヨーロッパ語系民族の登場
灌漑農業・犂耕・手工業・交易開始
青銅器・文字・神殿の出現
都市・階級の成立
奴隷の発生
3000年





分業の発達
鉄器の普及
国家の成立
※上記の実年代算定は、人類学・考古学・地質学により、また研究者によって相当の差がある。
※この年表はPDFでダウンロードすることができます。

180万年前、地質年代で更新世(洪積世,180万〜1万年前)に入る頃、アフリカに原人が出現する。脳容積は猿人の倍で、1000cc以上のものがある。そして中国西南部の山地の元謀げんぼうから170万年前の人骨がみつかり、彼らが火と石器を用いていたことがわかった。より遅れて50万年前に北京原人(旧学名:シナントロプス・ペキネンシス,現在はホモ・エレクトス・ペキネンシス)が現れた。中国でのちに発見された藍田人らんでんじんも原人に属する。またインドネシアのジャワ島サンギランで1891年に発見されたジャワ原人(ピテカントロプス・エレクトゥス)は130万年前に現れたといわれている。そのほか東アジアではタイ・ベトナム・朝鮮半島で原人の骨が見つかっている。

原人たちは野生動物や植物を採集して食料を得、集団をなして生活しいた。すでに原始的な石器をも用いていた。最古の石器はエチオピアのハダール(アファール盆地)出土のもので、250万年前と推定される。タンザニアのオルドヴァイ峡谷でもホモ・ハビリスが用いていた礫器れっき(他の石を打ち付け、欠けさせ、ギザギザにして、切るためなどに用いた石器で、石核石器という。)や剥片石器はくへんせっき(石を打ち付けて剥がされた方の薄片の石器。動物の皮はぎなどに用いた。)などが見つかっている。原人は木や樹皮・獣皮の加工をも行ない、男女による労働の分担がなされていたとも推測される。アフリカの原人が火を使用した痕跡は100万年より古い証拠がないが、おそらくもっと早くから使用していたと考えられる。150万年前ころから石器に進歩がみられ、刃がまっすぐになるよう入念な加工がなされている。これらをアユーレアン石器と呼び、握斧あくふ(ハンド・アックス)、クリーヴァー(切り裂くのに用いた)などがある。ジャワ原人が石器を用いた証拠はないが、北京原人は洞窟に居住して火を調理と暖房に用いていた。石器と竹や籐を編んだ道具も使用した。言語を用いたことも確実で、死者の脳を食べた形跡もあることから、彼らは何らかの儀式をおこなっていたと推測される。

人類発祥の地

人類が地球上のただ1ヶ所に現れたひとつの種から発展して世界中に広がったのか、アフリカや中国など複数の地域で類人猿から同じように発生したのかは、なお解決できない問題である。猿人の段階では出土する骨はアフリカに集中している。彼らがユーラシアに移動して、以来各地域で進化していった、という可能性も考えられる。

参考

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