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新大陸の征服とコンキスタドールの活動
モクテスマ2世とコツテスの会見 ©Public Domain

新大陸の征服とコンキスタドールの活動

アメリカ大陸のスペインの探検事業は16世紀前半、征服事業へと発展する。征服事業は征服者(コンキスタドール)と呼ばれる、勇敢でかつ残虐な男たちによって進められた。中央アメリカのパナマ地峡とその一帯の征服を行なったバスコ・ヌーニェス・デ・バルボア、メキシコを征服したエルナン・コルテス(1485〜1547)、ペルーを征服したフランシスコ・ピサロ(1470頃〜1541)らがその代表である。

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新大陸の征服とコンキスタドールの活動

アメリカ大陸のスペインの探検事業は16世紀前半、征服事業へと発展する。征服事業は征服者(コンキスタドール)と呼ばれる、勇敢でかつ残虐な男たちによって進められた。中央アメリカのパナマ地峡とその一帯の征服を行なったバスコ・ヌーニェス・デ・バルボア、メキシコを征服したエルナン・コルテス(1485〜1547)、ペルーを征服したフランシスコ・ピサロ(1470頃〜1541)らがその代表である。

エルナン・コルテス

スペインの貧しい貴族出のエルナン・コルテスはキューバ総督の命をうけ、メキシコを探検、1520年ベラクルス市を建設し、わずか400人ほどの部下を率いてテノチティトランに進撃し、計略でアステカ国王モンテスマ(モクテスマ2世)(1480頃〜1520)を捕らえ、これを占領した。一時、アステカ人の反撃で撤退するが、1521年この都市を再占領し、アステカ王国を滅ぼした。
新大陸の征服とコンキスタドールの活動
モクテスマ2世とコツテスの会見 ©Public Domain

アステカ王国の首都テノチティトランで皇帝モクテスマ2世(左に座っている人物)とスペイン人コルテス(右に座っている人物)が会見している。コルテスの背後にいるのは通訳をしているインディオ女性のマリンチェ。

フランシスコ・ピサロ

バルボアに仕えた士官であり、勇気・決断力・無慈悲さを兼ね備えていたピサロは同僚のアルマグロとともに、1524年からペルーの予備的な探検をおこない、1532年、17頭の馬と180の歩兵を率いて、インカ征服の遠征をおこなった。彼はインカ帝国の内紛を利用して、皇帝アタワルパ(1500頃〜1533)を捕らえて処刑し、1533年、帝国を征服した。

1537年には現在のコロンビアを中心とする新グラナダも征服され、スペインは中南米に広大な植民地を有することになった。

近代ヨーロッパの成立年表

 イタリア・ルネサンス(14〜16世紀)
1450頃ヨハネス・グーテンベルク、活版印刷技術発明
1488バルトロメウ・ディアス、喜望峰到達
1492スペイン、グラナダを占領(レコンキスタ完了)
 クリフトファー・コロンブス、アメリカに到達
1494トルデシリャス条約(スペイン・ポルトガル)
1495レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」制作(〜1498頃)
1498ヴァスコ・ダ・ガマ、カリカットに到達
1517マルティン・ルター、九十五カ条の論題発表
1519フェルディナンド・マゼランの部下、世界周航(〜1521)
1521エルナン・コルテス、アステカ帝国征服
 イタリア戦争(第三次イタリア戦争 〜1526)
1524ドイツ農民戦争
1529オスマン軍の第一次ウィーン包囲
1533フランシスコ・ピサロ、ペルーのインカ帝国征服
1534国王至上法発布(イギリス国教会成立)
 イエズス会設立
1541ジャン・カルヴァン、ジュネーヴ市政掌握
1543ニコラウス・コペルニクス『天球回転論(地動説)』刊
1545トリエント公会議(〜1563)
 16世紀後半、価格革命おこる
1555アウクスブルクの和議(ルター派の信仰認められる)
1558エリザベス1世の即位(〜1603)
1559カトー・カンブレジ条約(イタリア戦争終結)

参考

詳説世界史研究

参考

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