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大航海時代がもたらしたもの

大航海時代がもたらしたもの
大航海時代。大西洋を渡り新世界を発見したコロンブス ©Public Domain

大航海時代がもたらしたもの

  • 価格革命:アメリカ大陸の安価な銀が大量にヨーロッパに流入して物価騰貴・貨幣価値下落。南ドイツのフッガー家の衰退。
  • 産業革命:商業の中心が、地中海経由の東方貿易から大西洋貿易に転換。中心都市:リスボン・アントウェルペン・アムステルダム。
  • 世界の一体化:アメリカ大陸の栽培食物が世界に普及(ジャガイモ・トマト・ココア・トウモロコシ・タバコ・落花生・トウガラシ)。

大航海時代がもたらしたもの

大航海時代をつうじてのヨーロッパ勢力の拡大は、世界史にきわめて大きな影響を与えている。ヨーロッパ人はヨーロッパ・アジア・アフリカ・オセアニアを含む地球規模の貿易・植民活動を展開するようになった。

世界の一体化は彼らの主導のもとに、以後展開されることになる。まずポルトガルのリスボンが、ついでスペインのアメリカ大陸支配、アジア貿易独占と結びついてアントウェルペン(ベルギーのアントワープ)が、そして、オランダの海上活動と結びついてアムステルダムが世界貿易の中心となった。

アメリカ大陸の安価な銀の大量の流入は全ヨーロッパ的な物価上昇をもたらし、ヨーロッパの経済秩序に大きな変化を与えた。いわゆる価格革命と呼ばれるものである。南ドイツの銀鉱山は衰退した。北イタリア都市を中心とする地中海貿易、北ドイツ都市を中心とするバルト海貿易は、スペイン・ポルトガル・オランダ・イギリス・フランスなどの大西洋を中心とする貿易活動に対して相対的に地位を低下させた。
ヨーロッパの遠隔地貿易は、アメリカ大陸との貿易、新航路をつうじての香辛料などアジアとの貿易により、商品の種類、取引額などを拡大させ、貿易活動の中心は大西洋沿岸諸国に移ったのである。大航海時代に生じたこうした世界的規模の商業や貿易システムの大変革は商業革命と呼ばれる。アメリカ大陸へのヨーロッパ人の移住、ヨーロッパ文化の移植が進むにつれて、大西洋はヨーロッパ世界の内海となった。

王室の貿易独占政策によりポルトガルが、ついでスペインが富強となった。しかし海上覇権を維持し、他国との競争を排除してアジア貿易・新大陸貿易を独占するためには国力を必要とした。ポルトガルはその人的資源ならびに財力の限界をこえて拡大した。16世紀中にポルトガルの人口は200万から100万程度にまで激減したとみられている。リスボンをくりかえし襲った疫病、若い世代の多くが兵士や船乗り、あるいは役人として海外に渡った結果である。17世紀にはポルトガルの衰退は明らかとなる。スペインは大国であった。しかし16世紀後半、イギリスやスペインの属領であったオランダの挑戦をうけることになる。スペインが獲得した富も国内の産業を育成せず、王室の富の独占はかえって国民的規模の産業の発展を阻むこととなった。

アメリカ大陸という「新大陸」発見は生活文化のうえでも、旧世界にさまざまな影響を与えた。そのひとつはアメリカ大陸の栽培食物が世界に普及したことである。ジャガイモ・トマト・ココア・トウモロコシ・タバコ・落花生・トウガラシなどわれわれが日常生活にとりこんでいる多くのものがアメリカ大陸からもたらされた。これらがわれわれの生活、世界の経済に与えた影響ははかりしれない。

新航路の発見はヨーロッパ人の活動の空間を広げただけでなく、各地からもたらされた情報は、精神の空間をも拡大したのである。特にアメリカ大陸の自然・人間・文明は「旧大陸」との相異と類似の両面において、人間と世界の多様性の認識を深めた。多くの人々はまだ因習と偏見にとらわれていたとはいえ、『ユートピア』を著したトマス・モア、『随想録』をつづったミシェル・ド・モンテーニュなどすぐれた精神の持ち主は、新世界の「発見」から多くの刺激をうけ、新しい視角から旧世界の文明を考察しようとしたのである。近代の精神はここにもいくつかの萌芽を持っている。

野生と文明 モンテーニュの『随想録』にみる

ミシェル・ド・モンテーニュは『随想録』のなかで、「旧大陸」「新大陸」の民族や文化を対比しながら人間と文化の多様性について次のように述べている。
「(新大陸の)その民族の間には、少しも野蛮なところがないと思う。ただみんなが自分の習慣にないことを野蛮と呼ぶだけの話なのだ。本当にわれわれは、自分の住む国の思想習慣の実際ないし理想のほかには、真理および道理の標準をもっていないようである。あそこにもやはり完全な宗教、完全な政体、完全なもろもろの制度習慣がある。なるほど彼らは野生である。ちょうどわれわれが、自然が独りで、いつもの歩みのあいだに、産み出した果実を野生と呼ぶのと同じ意味では。だが本当は、われわれが人為によって変更し一般の秩序から除外したものをこそ、野蛮と呼ぶべきであろう。前者においては、真実な、そしてより有効自然な、性能特質が、生々と旺盛に存在する。ところがそれらをわれわれは後者において悪変し、ただわれわれの腐敗した趣味を喜ばすようにならしてしまった。」(関根秀雄訳)

参考

launch 詳説世界史研究

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