三つの道

  • 草原の道:騎馬遊牧民の相つぐ興隆によってダイナミックに文化が伝播した。
  • オアシスの道:乾燥地帯に連なるオアシス都市を結び、ソグド商人に代表される隊商民がさまざまな貴重品や文化を伝えた。この道を通って中国から絹が西方に伝わったことから、シルク・ロードと呼ばれるが、東西の文化交流では重要な役割を果たした。
  • 海の道:船により大量の輸送が可能となり、ムスリム商人が活発に交易を行うようになる。彼らはマラッカ海峡を超え、中国沿岸の海港に居留地を形成し、季節風を利用した海上貿易に従事した。

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諸地域世界の交流

世界最大の大陸であるユーラシア大陸は、5492万㎢の広さをもち、その内にはヨーロッパ、西アジア、南アジア、東アジア、内陸アジアなど、古くからの文化を有する地域世界が存在し、さまざまな国家が興亡をくりひろげた。こうした各地域の歴史については、これまでの各章において述べてきたとおりである。本章では、それぞれの地域世界が各地域の独自性とともに、相互の交流によって発展した点に留意し、さまざまなネットワークを通じての文化交流について総合的に述べる。

古くから東西文化の交流と相互発展に大きな役割を果たしたと考えられる三つの道があった。草原の道オアシスの道海の道である。ここでは、有史以前から大航海時代以前、15世紀までの各交易路の様子と、交易路を通じて展開される文物の交流の様子を述べることとする。

  • 草原の道においては、騎馬遊牧民の相つぐ興隆によってダイナミックに文化が伝播した。
  • オアシスの道においては、乾燥地帯に連なるオアシス都市を結び、ソグド商人に代表される隊商民がさまざまな貴重品や文化を伝えた。この道を通って中国から絹が西方に伝わったことから、シルク・ロードと呼ばれるが、東西の文化交流では重要な役割を果たした。
  • 海の道では、もっぱら船により大量の輸送が可能となり、ムスリム商人が活発に交易を行うようになる。彼らはマラッカ海峡を超え、中国沿岸の海港に居留地を形成し、季節風を利用した海上貿易に従事した。

文物の交流では、まず、交易などに伴うアジア各地への文字の伝播を述べる。文化の交流が商業言語を媒介とし、文字の伝播とも密接に関わっていることに注目してほしい。さらに東西交流史上に著名な人々についてまとめて記した。紀元前2世紀の張騫ちょうけんから始まり、インドと中国の間の仏僧の従来、13世紀以降のキリスト教徒など西方人の中国への往来など、彼らの事跡は各章においても述べられているが、ここでは総合的に把握することが必要である。

有史以前からのネットワークの中で、長足の進歩を遂げたのが海の道であった。各地域世界を結びつけていた海の道は、16世紀になると各大陸をつなぐ架け橋となった。このようにして、世界は一体化していくこととなった。

諸地域世界の交流年表

紀元関連事項
紀元前6世紀スキタイ人、南ロシアで活躍
344アレクサンドロス3世の東方遠征開始
209冒頓単于即位、匈奴全盛
紀元前2世紀前漢の武帝(漢)即位、西域経営を推進
139張騫、大月氏に派遣される
紀元後97甘英、ローマ帝国に派遣される
166大秦国王安敦の使者、中国に至る
2世紀仏教が中国(後漢)に伝わる
399法顕(東晋の僧)、インドに赴く
401鳩摩羅什、洛陽に至る
600
621
長安にゾロアスター教寺院建立
629玄奘(唐の僧)、インドに赴く
635唐に景教(ネストリウス派)伝来
651頃唐にイスラーム教伝来
671義浄(唐の僧)、インドに赴く
694唐にマニ教伝来
700751タラス河畔の戦い、製紙法が西伝
10001096十字軍(〜1291)
12001219チンギス・カン、中央アジア遠征
1241ワールシュタットの戦い
1245プラノ・カルピ二、モンゴルへ出発
1252ウィリアム・ルブルック、モンゴルへ出発
1258フレグ、バグダードに入城
1275マルコ・ポーロ、大都に至る
1294モンテ・コルヴィノ、大都で布教
13001346イブン・バットゥータ、大都に至る
14001405鄭和の南海遠征(〜33)

陸と海のネットワーク

三つの道

ユーラシア大陸では、様々な民族・国家・文化圏を形成した。それぞれの文化は、各地域の独自性とともに東西の交流によって相互に発展した。古くから東西文化の交流と相互発展に大きな役割を果たしたと考えられる3つの道があった。草原の道(ステップ・ルート)、オアシスの道オアシス・ルート、狭義のシルク・ロード)、海の道(マリン・ルート)である。シルク・ロード(絹の道)と呼んだのは、ドイツ出身の地理学者リヒトホーヴェンで、ドイツ語では「ザイデンシュトラーセ」である。

東西交流の三つの道地図
東西交流の三つの道地図 ©世界の歴史まっぷ

参考