ヨーロッパの風土

ユーラシア大陸のうち、ウラル山脈より西に広がる地域がヨーロッパである。面積は約1000万k㎡で、アジアの4分の1、アフリカの3分の1ほどになる。
その大半は北緯40度から60度という日本と比べてかなり高緯度に位置するが、地中海・大西洋などの海洋の恩恵により、内陸部を除いておおむね気候は温暖である。

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ヨーロッパ世界の形成と発展

ヨーロッパ世界の形成と発展
ヨーロッパ世界の形成と発展 ©世界の歴史まっぷ

古代地中海世界は、ゲルマン人の大移動の中で大きく動揺し、5世紀後半の西ローマ帝国の滅亡をもって崩壊した。それから数世紀の間に、ヨーロッパの東西に独自の性格を持つ文明世界が生まれた。それは、古代ギリシア・ローマ文化とキリスト教に、新しいスラヴ人やゲルマン人の文化を融合した東・西ヨーロッパ文明の世界である。
このヨーロッパ世界の形成のひとつの大きな契機となったのが、西アジアにおけるイスラーム勢力の台頭と西方への進出であった。

西ローマの滅亡後、かつての帝国西半分にはゲルマン人の諸国が建国されたが、東半分には古代ローマの制度や文化を引き継ぐ東ローマ帝国が存在した。東ローマ帝国皇帝は唯一のローマ皇帝として、その権威をゲルマン人諸王に認めさせるとともに、旧領の回復に努めた。
だが、7世紀以降イスラーム勢力の地中海進出に伴い、東ローマ帝国の領土は縮小し、ゲルマン人もアルプス以北へと後退し始めた。
その頃、ゲルマン人の中から台頭したのがフランク王国である。フランク王国は領土を拡大するとローマ・カトリック教会と提携し、9世紀を迎える頃には東ローマ帝国とは異なる独自の世界が西ヨーロッパに成立した。
フランク王国はまもなく分裂するが、ノルマン人の移動と建国を経て、西ヨーロッパの地域にはほぼ今日のドイツ・フランス・イタリア・イギリスなどの元が形成された。そして、これらの国々では、独自の封建社会が成立した。

他方、東ローマ帝国は次第に東方的色彩を強めるとともに、北方のスラヴ人にギリシア文化とギリシア正教を広めていった。
また、東方からのアジア系諸民族の移動と同化も進み、ここに西ヨーロッパ世界とは異質の東ヨーロッパ世界が形成された。その中から、セルビア・ブルガリア・ロシアといった国々が生まれてくる。そして、15世紀半ばに東ローマ帝国がイスラーム国家のオスマン帝国に滅ぼされてからは、ロシアが東ヨーロッパ世界の中心としての役割を果たすようになる。
その頃、西ヨーロッパでは封建社会の成熟とともに、生産力が向上し、都市と商業の発達がみられた。
イスラーム勢力に対する十字軍運動を経て、教会や諸侯は力を失い、都市の大商人と提携した国王が力を伸ばした。
こうして、中世の封建社会は終わりを告げ、中央集権国家が競い合う時代を迎えることになる。

西ヨーロッパ世界の成立

ヨーロッパの風土

ヨーロッパの地勢とおもな遺跡地図
ヨーロッパの地勢とおもな遺跡地図 ©世界の歴史まっぷ

ユーラシア大陸のうち、ウラル山脈より西に広がる地域がヨーロッパである。面積は約1000万k㎡で、アジアの4分の1、アフリカの3分の1ほどになる。
その大半は北緯40度から60度という日本と比べてかなり高緯度に位置するが、地中海・大西洋などの海洋の恩恵により、内陸部を除いておおむね気候は温暖である。地形的にも、地中海北岸に西からピレネー・アルプス・カルパティアなどの険しい山脈が伸びる他は平原や丘陵が多く、大河川が川幅いっぱいに水をたたえてゆったりと流れる光景が見られる。

風土や歴史の違いに着目すると、ヨーロッパは大きく⑴ 地中海地方、⑵ 西ヨーロッパ(北ヨーロッパ)、⑶ 東ヨーロッパの3つの地域に区分される。
地中海地方は夏季に雨が少なく、土地も石灰岩質の痩地が多きため、オリーヴ、ブドウなどの果樹栽培には適するものの、主要穀物としての小麦には不足をきたすことが多かった。その分、早くから交易や植民活動が行われ、地中海や黒海沿岸に都市が発達した。古代ギリシア・ローマ文明は、こうした風土を背景に花開いた。

アルプス以北の西ヨーロッパは、陽光は少ないものの、比較的温暖な気候と適度な雨量に恵まれ、広葉樹・針葉樹などの豊かな森林が広がっていた。地味も肥えていたため、中世になって開墾や農業技術の進歩とともに、有畜農業(牛・豚などの飼育を伴う穀物栽培)が行われるようになった。また、河川が交通の動脈として利用され、河川に沿って都市が発達した。

ヨーロッパの内陸部に位置する東ヨーロッパは、雨量が少なく、寒暖の差の大きい大陸性気候が支配的である。地形の上でも交通の障害となるものは少なく、中南部から東部にかけては草原地帯が広がっている。そのため、この地域には東方から遊牧民が度々侵入し、その民族・文化の形成に大きな影響をおよぼした。また、黒海北部一帯は肥沃な黒土に恵まれ、古来地中海世界の穀倉として知られていたが、近代になると東ヨーロッパ全体がヨーロッパの穀倉地帯としての役割を果たすことになる。

参考