ヨーロッパ人の東アジア進出 ポルトガルの植民地と貿易 大航海時代 大航海時代地図
大航海時代地図 ©世界の歴史まっぷ

ポルトガルの植民地と貿易

  • 1509年、インド西海岸ディウ沖の戦いで、フランシスコ・デ・アルメイダの率いるポルトガル船隊は、すでにインド洋全域にわたって商業支配権を維持していたマムルーク朝の艦隊を撃破。
  • 1510年からポルトガルのインド総督アフォンソ・デ・アルブケルケはゴア、マラッカ、ホルムズ、アデンを占領。
  • 1517年コロンボを占領、1557年マカオに居住許可をえて東アジアにも進出。

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ポルトガルの植民地と貿易

大航海時代地図
大航海時代地図 ©世界の歴史まっぷ

1500年、第2次インド航海が13隻からなるカブラル船隊によりおこなわれた。ペドロ・アルヴァレス・カブラル(1460頃〜1526)はブラジルに漂着したあと、南大西洋を横切りインドにいたった。リスボンからは、東方貿易の利益を独占すべく、毎年インドに船隊が送りだされた。しかし、インド洋全域にわたってすでにムスリム商人が商業支配権を維持していた。彼らによる貿易活動はトルコ・エジプト・ヴェネツィアの利益とも結びついていた(マムルーク朝)。ヴェネツィアの支援をうけ、エジプトはポルトガルをこの海域から排除しようとしたが、1509年インド西海岸ディウ沖の戦い(ディーウ沖の海戦)で、フランシスコ・デ・アルメイダ(1450頃〜1510)の率いるポルトガル船隊にその艦隊は撃破された。

ポルトガルのインド総督アフォンソ・デ・アルブケルケ(1462頃〜1515)は1510年にインド西海岸のゴア、1511年にマラッカ(ポルトガル領マラッカ)、1515年にペルシア湾口ホルムズを占領、また紅海の入り口のアデンも押さえ、ムスリム商人の活動を封じ、インド洋支配の戦略拠点を固めようとした。

ポルトガルはさらに、1517年にコロンボを占領、1557年マカオに居住許可をえて東アジアにも進出した。1543年にポルトガル人は種子島に漂着している。

近代ヨーロッパの成立年表

 イタリア・ルネサンス(14〜16世紀)
1450頃ヨハネス・グーテンベルク、活版印刷技術発明
1488バルトロメウ・ディアス、喜望峰到達
1492スペイン、グラナダを占領(レコンキスタ完了)
 クリフトファー・コロンブス、アメリカに到達
1494トルデシリャス条約(スペイン・ポルトガル)
1495レオナルド・ダ・ヴィンチ最後の晩餐」制作(〜1498頃)
1498ヴァスコ・ダ・ガマ、カリカットに到達
1517マルティン・ルター、九十五カ条の論題発表
1519フェルディナンド・マゼランの部下、世界周航(〜1521)
1521エルナン・コルテス、アステカ帝国征服
 イタリア戦争(第三次イタリア戦争 〜1526)
1524ドイツ農民戦争
1529オスマン軍の第一次ウィーン包囲
1533フランシスコ・ピサロ、ペルーのインカ帝国征服
1534国王至上法発布(イギリス国教会成立)
 イエズス会設立
1541ジャン・カルヴァン、ジュネーヴ市政掌握
1543ニコラウス・コペルニクス『天球回転論(地動説)』刊
1545トリエント公会議(〜1563)
 16世紀後半、価格革命おこる
1555アウクスブルクの和議(ルター派の信仰認められる)
1558エリザベス1世の即位(〜1603)
1559カトー・カンブレジ条約(イタリア戦争終結)

参考