ヤルムークの戦い ニハーヴァンドの戦い イスラーム世界の拡大地図
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ヤルムークの戦い


ヤルムークの戦い (636年)
正統カリフ時代の第2代正統カリフ ウマル・イブン・ハッターブのときのイスラームによって統制されたアラブ軍と、ビザンツ帝国(ヘラクレイオス朝)が、ヤルムーク川近くで戦った聖戦。アラブ軍はこの戦いで勝利し、642年までには、シリアに続いてエジプトの征服も完了した。

ヤルムークの戦い

戦争データ

年月日:636年8月15〜20日
場所:ヤルムーク川付近
結果:正統カリフの勝利
交戦勢力
東ローマ帝国
ガッサーン朝
正統カリフ軍
指導者
ヘラクレイオス
テオドロス・トリトゥリオス
ウマル・イブン・ハッターブ
ハーリド・イブン・アル=ワリード
戦力
100,000〜150,000 15,000〜20,000
損害
50,000以上 3,000

Wikipediaより

イスラーム世界の形成と発展

イスラム王朝 17.イスラーム世界の発展 イスラーム世界の形成と発展
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イスラーム帝国の成立

アラブ人の征服活動
イスラーム帝国の成立 ムアーウィヤ イスラーム帝国の成立 ウマイヤ朝 イスラーム帝国の領域地図
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第2代正統カリフ ウマル・イブン・ハッターブの時代、イスラームによって統制されたアラブ軍は、カーディシーヤの戦い(636)、ニハーヴァンドの戦い(642)でササン朝の軍隊を破り、シリア方面でもヤルムークの戦い(636)で東ローマ帝国(ヘラクレイオス朝)軍に破滅的な打撃を与えた。
642年までには、シリアに続いてエジプトの征服も完了した。
ササン朝の滅亡とエジプト、シリアからの東ローマ帝国軍の撤退により、古代オリエント世界は崩壊し、かわって新しい理念によって統合されたイスラーム世界が誕生したのである。

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