MENUMENU
満州進出と日米摩擦 関東州 日本の韓国併合 満鉄設立当初の鉄道網と関東州
満鉄設立当初の鉄道網と関東州 ©世界の歴史まっぷ
関東州 (1906〜1945) 遼東半島南部の日本の租借地。旅順・大連とその付属地域で、日露戦争後は日本の大陸進出の拠点となる。その地方行政を担当する関東州庁も設置。1915年の二十一ヵ条要求で租借期限を99年に延長した。

関東州

満鉄設立当初の鉄道網と関東州
満鉄設立当初の鉄道網と関東州 ©世界の歴史まっぷ
遼東半島南部の日本の租借地。旅順・大連とその付属地域で、日露戦争後は日本の大陸進出の拠点となる。その地方行政を担当する関東州庁も設置。1915年の二十一ヵ条要求で租借期限を99年に延長した。

参考 日本史用語集―A・B共用

日本による、遼東半島南端部(旅順・大連)の租借地の呼び名。

参考 世界史用語集

近代国家の成立

日露戦争と国際関係

満州進出と日米摩擦
日本は南満州ではロシアの諸権益を引き継ぎ、1906(明治39)年に関東都督府をおいて関東州(遼東半島南端の日本の租借地)の行政にあたるとともに、同年、半官半民の南満州鉄道株式会社満鉄)を設立して長春ちょうしゅん旅順りょじゅん間の鉄道やその支線をはじめ、鉄道沿線の鉱山など諸事業の経営にあたり、着々と南満州に勢力を伸ばしていった。

参考

Previous Post

Next Post

MENUMENU