MENUMENU
古代オリエント Ancient Orient 現在の中東地域に興った古代文明。古代エジプト、古代メソポタミア、古代ペルシアなどが含まれ、時期としてはシュメールが勃興した紀元前4千年紀から、アレクサンドロス3世が東方遠征を行った紀元前4世紀頃までが相当する。

古代オリエント

オリエントと地中海世界 古代オリエント
オリエントと地中海世界 ©世界の歴史まっぷ

概要

オリエントは人類文明発祥の地である。メソポタミアとエジプトでは、大規模な灌漑農耕に依拠する高度な都市文明が発達した。メソポタミアでは、周辺地域からセム語系やインド・ヨーロッパ語系の民族が相ついで侵入し、国家の興亡をくりかえした。文化的には、楔形文字や六十進法、太陰暦などが発達した。他方、ナイル川流域のエジプトは、地形から周辺民族の侵入は少なく、エジプト語系民族の文明が長期に渡り存続した。文化的には、神聖文字などの象形文字やパピルス(紙)、太陽暦などが発達した。 地中海東岸のシリア・パレスチナ地方では、セム語系アラム人・フェニキア人・ヘブライ人が特色ある活動を展開した。アラム人は内陸商業に活躍し、フェニキア人は地中海貿易で活躍し、彼らの使用文字から各地の文字体系が作り出された。また、ヘブライ人の生み出した一神教(ユダヤ教)は、のちのキリスト教やイスラーム教の母体となった。オリエント世界は、紀元前7世紀にアッシリアに、のちアケメネス朝のもとで統一され、帝国がきずかれた。 西アジアでは、アレクサンドロス帝国の分裂後、ギリシア系のセレウコス朝、バクトリアがおこった。ついでイラン系のパルティアがおこり、東西貿易の利益を独占して繁栄した。パルティアを倒して成立したイラン系のササン朝は、ゾロアスター教を国教と定めイランの文化的伝統の復活を目指すとともに、インドやギリシア・ローマ文化の影響をうけ高度な国際的文化を形成した。その文化は7世紀以後のイスラーム文化にも影響を与えた。 地中海世界ではオリエントの影響下に、紀元前2000年ころより強大な王建をもつエーゲ文明が花開いた。その崩壊後、ギリシア人はポリスと呼ばれる都市国家を発達させ、紀元前5世紀にはアテネに民主政を実現した。ギリシア人はオリエントとことなる人間中心の明るい合理的な文化を生み出した。ギリシアのポリスは、やがて相互の対立をへて衰退し、アレクサンドロス3世の遠征によりオリエントに伝えられたギリシア文化はヘレニズム文化として発展した。紀元前6世紀末イタリア半島の中部におこったローマは、共和政のもとで積極的に征服・植民活動をおこない、法や土木建築など実用的な文化を発達させた。ローマは紀元前1世紀には帝政を採用して地中海を内海とする大帝国を樹立した。ローマ帝国の統治のもとで発達した普遍的な法と、4世紀にローマの国教となったキリスト教はローマが後世に残した最大の遺産である。

メソポタミアの文化

メソポタミアでは、各地・各都市の守護神や自然をまつる多神教がおこなわれたが、優勢な民族の交替が頻繁であったため、その時々によって崇拝される最高神もかわった(古バビロニア王国では、バビロン市の守護神マルドゥクが国家神としてまつられた)。またシュメールで発達したすぐれた宗教文学(神話や叙事詩)は、セム語系諸民族の間にも伝わって大きな影響を与えた。 メソポタミアでは、のちの文明のもとになる各種の技術や文化も生み出された。文字はシュメール人が創始した楔形文字が、言語系統のことなるセム語系やインド・ヨーロッパ語系の民族の間でも使用され、アケメネス朝にいたるまで人々はこの文字を粘土板に記した。また占星術を行なったり農作業の時期を正しく知る必要から、天文・暦法が発達した。六十進法にもとづく時間の観念や方位の観念、7日をもって1週間とすることなどは、今日まで引き継がれているメソポタミア文明の遺産である。このほか、ハンムラビ法典にみられるような法の体系化がなされたことも重要である。メソポタミア文明の一般的特徴としては、実用的な分野での文化が発達した反面、実用性をこえて真の科学を生み出す、原理的・理論的な面での発達があまりみられなかったことがあげられる。

ギルガメシュ叙事詩と洪水伝説

ウルクの王ギルガメシュを主人公とする叙事詩は、元来はシュメール起源であったが、後世のいくつかのオリエントの言語で書かれたテキストが伝存する。主題は永遠の生命を求めてさまよう英雄の物語である。その一部に『旧約聖書』のノアの洪水伝説の原型と思われる話が出てくる。ティグリス・ユーフラテスの河口付近に居住していたシュメール人は、両河の洪水に悩まされ、そこから洪水伝説も生まれたのであろう。

楔形文字

楔形文字の解読
オリエントと地中海世界
『ギルガメシュ叙事詩』が書かれた粘土板(部分) 前7世紀,ニネヴェ出土
ザグロス山中のベヒストゥーンの磨崖に、アケメネス朝のダレイオス1世が楔形文字で刻んだ、ペルシア・エラム・バビロニアの3語併記の碑文がある。イギリスのローリンソンは、危険を冒して自ら手写したこの碑文の研究をつうじて、ドイツのグローテフェントがベルセポリス碑文をもとに進めていた楔形文字の解読を、さらにいっそう前進させた。

参考

古代オリエント諸国

古代オリエント
古代オリエント諸国年表(山川世界史総合図録より)

イラン

カッシート, メディア王国, アケメネス朝ペルシア

メソポタミア

南部
シュメール都市国家, ウル第1王朝, アッカド, ウル第3王朝, バビロン第1王朝, カッシート, アッシリア, 新バビロニア, アケメネス朝ペルシア
中央部
アッカド, バビロン第1王朝, ミタンニ, アッシリア, 新バビロニア, アケメネス朝ペルシア
北部
アッカド, バビロン第1王朝, ヒッタイト, アッシリア, 新バビロニア, アケメネス朝ペルシア

小アジア

ヒッタイト王国, アッシリア, リディア, アケメネス朝ペルシア

シリア

アッカド, 新王国, ミタンニ, アラム, アッシリア, 新バビロニア, アケメネス朝ペルシア

パレスチナ

南部
新王国, ヘブライ, イスラエル王国, ユダ王国, 新バビロニア, アケメネス朝ペルシア
北部
新王国, フェニキア, アッシリア, 新バビロニア, アケメネス朝ペルシア

エジプト

古王国, 中王国, 新王国, リビア人支配, アッシリア, アケメネス朝ペルシア

古代オリエント の地図

古代オリエント世界

古代オリエント世界の地図
古代オリエント世界の地図 ©世界の歴史まっぷ

紀元前4000年紀のオリエントの地図

画像着色部分が古代オリエント。赤で囲った部分が肥沃な三日月地帯。
紀元前2世紀後半の世界地図
紀元前2世紀後半の世界地図 ©世界の歴史まっぷ

紀元前600年頃のオリエントの地図

紀元前600年頃のオリエント地図
紀元前600年頃のオリエント地図 ©世界の歴史まっぷ

紀元前15世紀のオリエントの地図

紀元前15世紀のオリエント諸国の地図
紀元前15世紀のオリエント諸国の地図 ©世界の歴史まっぷ

紀元前10世紀前後のオリエント地図

紀元前10世紀前後のオリエント地図
紀元前10世紀前後のオリエント地図 ©世界の歴史まっぷ

ラクダの家畜化

オリエント世界で重要な役割をはたすことになる「ひとこぶラクダ」は、紀元前3千年紀前半になってようやくアラビア半島南東部で家畜化されたものと考えられている。
これに対し、内陸アジアのシルクロードで使役された「ふたこぶラクダ」は、イラン北東部のホラーサーン地方かその北方あたりで、やはり紀元前3千年紀に家畜化されたと考えられている。
これによって砂漠の奥地も遊牧のため利用できるようになった。 最初は搾乳用であったが、やがて駄役や騎乗へと用途が広がり、砂漠越えの長距離交通に不可欠の手段となった。 紀元前2千年紀の末から紀元前千年紀の前半にかけて、シリアやメソポタミアにも登場し、隊商交易の発展や、のちのアラブの軍事的進出に大いに貢献した。

参考

詳説世界史研究
Previous Post

Next Post

コメントを残す

MENUMENU