ロマン主義 romanticism 18世紀末〜。ウィーン体制時代に主流となった文芸思潮。 古典主義に反発→人間の個性や感情を重んじる 啓蒙思想に反発→個別的な歴史や民族文化の伝統を尊重 政治に対するロマン主義者:民衆の解放を志向から反動体制支持まで多様

ロマン主義

ロマン主義

文学絵画音楽
ノヴァーリス(独)『青い花』ドラクロワ「キオス島の虐殺」
「民衆を導く自由の女神
ベートーヴェン(独)「英雄」「運命」
グリム兄弟(独)『グリム童話集』シューベルト(墺)「冬の旅」
ハイネ(独)『歌の本』
『ドイツ冬物語』
ジェリコー(仏)「メデューズ号の筏」ベルリオーズ(仏)「レクイエム」
ワーズワース(英)『叙情詩選』シューマン(独)「謝肉祭」
バイロン(英)『チャイルド=ハロルドの巡礼』ワグナー(独) 「ニーベルングの指環」「タンホイザー」
スコット(英)『湖上の美人』
シャトーブリアン(仏)『アタラ=ルネ』ショパン(ポーランド)「革命」
ヴィクトル=ユゴー『レ=ミゼラブル』ビゼー(仏)オペラ「カルメン」
プーシキン(露)『オネーギン』
『大尉の娘』
リスト(ハンガリー)「ハンガリー狂詩曲」
エマーソン(米)『自然論』ヴェルディ(伊)「トラヴィアータ(椿姫)」
ホーソン(米)『緋文字』プッチーニ(伊)オペラ「蝶々夫人」
ホイットマン(米)『草の葉』
18世紀末から始まり、ウィーン体制時代に主流となった文芸思潮。形式美の古典主義に反発して人間の個性や感情を重んじ、また理性や普遍性を重視する啓蒙思想に反発して、個別的な歴史や民族文化の伝統を尊重した。なお現実の政治に対するロマン主義者の姿勢は、民衆の解放を志向するものから、反動体制を支持するものまで様々であった。

参考 世界史用語集

欧米における近代社会の成長

産業革命

都市化進展と労働者階級
当時の文学作品、とくに詩にはロマン主義の影響が強く表れていたので、産業革命以前の農民の生活を理想とし、工業文明を批判する傾向が強かった。実際に、産業革命はイギリスの民衆の生活をよくしたのか悪くしたのか、という点については、当時から議論がある。現代からみれば、産業革命を経験した国々では生活レベルが高くなっていることは明らかだが、当時はあまりにも多くの社会問題が生じたから、一度は生活水準が低下したとする考え方も強いのである。

欧米における近代国民国家の発展

19世紀欧米の文化

文学
ロマン主義文学
フランス革命が反対派を抹殺するジャコバン派の独裁、さらにはナポレオン1世による他のヨーロッパ諸民族の抑圧という結果に終わると、理性に対する信頼は失われ、ドイツを中心に個人の感情や想像力を重んじ、過去に回帰して歴史や民族の伝統を尊重するロマン主義が支配的になった。 ドイツでは、古典主義を完成させたゲーテ Goethe (1749〜1832)やシラー Schiller (1759〜1805)につづいてロマン主義がさかんになった。夢に見た青い花を求めて放浪する詩人を主人公にした『青い花』を代表作とするノヴァーリス Novalis (1772〜1801)、言語学者として民族の伝統の研究をおこなうと同時に『童話集』を編集したグリム兄弟 Grimm (兄1785〜1863, 弟1786〜1859)。シュレーゲル兄弟 Schlegel (兄1767〜1845, 弟1772〜1829, 兄弟で雑誌『アテナウム』を編集してロマン主義運動を推進した)、 七月革命後はパリに居住し革命詩人と呼ばれたハイネ Heine (1797〜1856, 代表作『歌の本』)らが登場した。 フランスでは、ネッケルの娘でナポレオンに迫害され外国に亡命したスタール夫人 Madame de Staël (1766〜1817, 代表作『デルフィーヌ』)、政治的には反動的で革命中はイギリスに亡命し、のちに外相に就任したシャトーブリアン Chateaubriand (1768〜1848, 代表作『アタラ=ルネ』)、人道主義的立場で書かれた大河小説『レ=ミゼラブル』の作者で、共和主義者であったため第二帝政を否定したユーゴー Hugo (1802〜85)などがいる。 イギリスでは、敬虔な汎神論的自然観を展開し最初は共和主義に共鳴しながらも、のちに保守主義に変質したワーズワース Wordsworth (1770〜1850, 代表作『叙情詩選』)、ギリシア独立戦争に参加し病死した情熱詩人バイロン Byron (1788〜1824, 代表作『チャイルド=ハロルドの巡礼』)、詩集『湖上の美人』や中世騎士を描いた『アイヴォンホー』を残したスコット Scott (1771〜1832)などがいる。 アメリカでは、楽天的な個人主義を謳歌するエマーソン Emerson (1803〜82, 代表作『自然論』)、ピューリタニズム(清教主義)の厳しさ描いた『緋文字ひもんじ』のホーソン Hawthorne (1804〜64)、アメリカの自然をうたい自由と民主主義を賛美した詩集『草の葉』を書いたホイットマン Whitman (1819〜92)、さらにはアーヴィング Irving (1783〜1859)やエドガー=アラン=ポオ Edgar Allan Poe (1809〜49)などがいる。 ロシアでは、ロシア国民文学の創始者といわれたプーシキン Pushkin (1799〜1837)がでた。彼は作品の民主的傾向によりいったんは南ロシアに追放され、バイロンの影響をうけてロマン主義的作品を残した。デカブリストの反乱鎮圧後に追放刑は解かれ、検閲のもとで作家活動をおこなった。『オネーギン』『プガチョフ反乱史』『大尉の娘』など数多くの作品を残したが、貴族・農民・勤労者などあらゆる社会層を対象とし、文学のジャンルも多岐にわたっている。
美術と音楽
ロマン主義絵画
ロマン主義絵画
ロマン主義絵画 ©世界の歴史まっぷ
19世紀に入って生まれたロマン主義絵画は、情熱的で幻想的な点を特徴とし、フランスのジェリコ T.Géricault (1791〜1824 テオドール=ジェリコー)によって創始され、ドラクロワ Delacroix (1798〜1863)が指導して当時の主流となった。ドラクロワはギリシア独立戦争の際、「キオス島の虐殺」を描いて独立運動支援の世論を高め、当時絵画の虐殺とさえ酷評される激しさを表現した。1831年に七月革命を描いた「民衆を導く自由の女神〈副題「1830年7月28日」〉」を発表してその地位を確立した。
ロマン主義音楽
ロマン主義音楽
ロマン主義音楽 ©世界の歴史まっぷ
古典派音楽に続くのがロマン主義音楽である。すでにベートヴェンの作品にもロマン主義的傾向がみられるが、近代歌曲の創始者シューベルト Schubert (1797〜1828, 「冬の旅」「未完成交響曲」)は、個性や感情など人間の諸様相を表現した。フランスのベルリオーズ Berlioz (1803〜69, 「幻想交響曲」「レクイエム」)は色彩感覚にみち劇的な標題音楽をつくりだし、ドイツのシューマン Schuman (1810〜56, 「謝肉祭」, 交響曲「ライン」)はロマン派の理論的指導者としてピアノ曲を中心に幻想的で心理的に揺れ動く人間の表情を表現し、ポーランドのショパン Chopin (1810〜49, 「前奏曲」)は祖国の危機に苦悩しながらも、ピアノ音楽を中心に生命力を燃焼させた。またハンガリーのリスト Liszt (1811〜86, 「ハンガリー狂詩曲」 フランツ=リスト)は、交響詩を創始し高度な技法を必要とするピアノ曲を作曲した。ドイツのワグナー Wagner (1813〜83, 「ニーベルングの指環」「タンホイザー」)は南ドイツ(バイエルン王国)のルートヴィヒの協力をえて、バイロイトを拠点として中世の神話にもとづく楽劇を創始し、イタリアのヴェルディ Verdi (1813〜1901, 「トラヴィアータ(椿姫)」「リゴレット」 ジュゼッペ=ヴェルディ)はオペラ(歌劇)の作曲に新境地を開いた。

参考

詳説世界史研究

世界史B

11. 欧米における近代国民国家の発展

53.19世紀欧米の文化
1. ロマン主義の文化
19世紀前半の文化を特徴づけるものはロマン主義である。これは啓蒙思想にみられる理性絶対の風潮への反動として生まれ、個人の感情や想像力を重んじ、民族文化の伝統を尊重する傾向をもっていた。ロマン主義が最も高まりをみせたのは芸術の分野であり、文学・絵画・音楽にすぐれた作品を残した。文学の世界では『レ・ミゼラブル』を書いたフランスのユーゴー、ギリシアの独立戦争に参加したイギリスの情熱詩人バイロン、デカブリストに共感をよせ、作品『オネーギン』『大尉の娘』で知られるロシアのプーシキンが名高い。音楽の世界では、1831年ワルシャワ蜂起の失敗を知り、ロシアに対する怒りを込めて「革命のエチュード」を作曲したポーランドのショパンらが活躍した。 哲学の分野では啓蒙思想を受け継ぎ、それを克服して批判哲学をうちたてたイマヌエル=カントの思想がヘーゲルによってドイツ観念論哲学として大成された。歴史学ではランケが厳密な史料批判にもとづく近代歴史学の確立に貢献し、「近代歴史学の父」といわれた。

参考

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