リヴィングストン
リヴィングストン(WIKIMEDIA COMMONS)©Public Domain

リヴィングストン

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リヴィングストン Livingstone (1813〜1873) イギリスの宣教師・探検家。宣教のため南アフリカに派遣され1849年より南部アフリカ奥地を探検、ヴィクトリア滝などを発見。結果的に、彼の探検は列強の植民地獲得政策の展開に繋がった。

リヴィングストン

  • イギリスの宣教師・探検家。宣教のため南アフリカに派遣され、1849年より南部アフリカ奥地を探検し、ヴィクトリア滝などを発見した。66年ナイル水源の探検に出かけ消息を絶ったが、71年スタンリーの捜索隊とであった。結果的に、彼の探検は列強の植民地獲得政策の展開に繋がった。
  • イギリスの宣教師・探検家。1841年に南アフリカに赴任後、南部アフリカの内陸部を探検、結果的に列強による植民地分割の先鞭をつけた。

参考 世界史用語集

欧米における近代国民国家の発展

19世紀欧米の文化

地理上の探検

19世紀欧米の文化 地理上の探検

17世紀タスマン(蘭)オーストラリア(タスマニア)・ニュージーランド・フィジー島発見
18世紀ジェームズ=クック(英)大西洋をベーリング海からニュージーランドまでを探検
19世紀リヒトホーフェン(独)中国各地を探検。シルク=ロードの名称を初めて使う
ヘディン(スウェーデン)中央アジア探検。楼蘭遺跡発見
リヴィングストン(英)南アフリカ調査・ヴィクトリア瀑布発見
スタンリー(米)アフリカ大陸横断
ピアリ(米)北極点初到達
アムンゼン(ノルウェー)南極点初到達
スコット(英)南極点到達
スタイン(英)敦煌の調査
アフリカではリヴィングストン Livingstone (1813〜73)がヴィクトリア瀑布を発見したが、その後消息を絶った。イギリス生まれのアメリカ探検家であるスタンリー Stanley (1841〜1904)はリヴィングストンの救出に出発し、タンガニーカで発見されたのち、今後の探検をおこなった。

帝国主義とアジアの民族運動

世界分割と列強対立

アフリカの植民地化
かつてヨーロッパ人のアフリカに関する知識は地中海沿岸のアフリカ北部と海岸の貿易拠点に限られていた。18世紀後半あたりからアフリカ内陸部への探索やキリスト教の布教活動は開始され、その動きはアフリカの経済的位置づけが変わるとともにさらに活発化した。イギリス人宣教師リヴィングストンはムスリム商人による奴隷貿易の根絶を目的にアフリカ東部や南部を何度も探検したが、結果的には植民地化の道をつけることになった。アメリカの探検家スタンリーは行方不明になったリヴィングストンを発見して有名になり、アフリカ中央部を探検して現地の首長と条約を結ぶなどベルギーのコンゴ国際協会のために働いた。
アフリカの植民地化地図 アフリカの植民地化 アフリカの抵抗
アフリカの植民地化地図 ©世界の歴史まっぷ

参考

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