カニシカ王 (カニシカ1世) (生没年不詳150年頃) クシャーナ朝第4代王(在位2世紀半ば)。中央アジアからガンジス川流域に至る広大な領土を統治。首都をガンダーラ地方のプルシャプラ(現ペシャーワル)におき、漢とローマを結ぶ交通路の中央を押さえて経済的にも栄えた。自身はゾロアスター教を信奉していたが、仏教も保護しアショーカ王とならぶ仏教の保護者としても知られる。カニシカの貨幣には仏像やギリシア・ローマの諸神、ゾロアスター教・ヒンドゥー教の諸神の像がうちだされており、カニシカが宗教的に寛大で、諸民族・諸文化の混在する大帝国をたくみに統治したことが知られる。

カニシカ王

アショーカ王と並ぶ仏教の保護者

クシャーナ朝最盛期の王。中央アジアからガンジス川流域に至る広大な領土を統治。はじめ仏教を軽視していたが、のちに心を改め、首都プルシャプラ(現ペシャワール)の近郊に大塔を建立した。またカシュミールにおける仏典の編纂事業を援助したと伝えられる。

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ガンダーラ美術が隆盛を極める

インドで1〜3世紀に栄えたクシャーナ朝最盛期の王。中央アジアからガンジス川中流域までの大領土を統治。仏教を保護したが、他宗教にも寛容。東西文化融合のガンダーラ美術が発展。

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アジア・アメリカの古代文明

インドの古代文明

西北インドの情勢
クシャーナ朝は2世紀半ばにでた第4代君主・カニシカ1世の時代が最盛期で、その領域は南はガンジス川の中流域におよび、北は中央アジアで後漢と接していた。また首都をガンダーラ地方のプルシャプラ(現ペシャーワル)におき、漢とローマを結ぶ交通路の中央を押さえて経済的にも栄えた。クシャーナ朝が発行した大量の金貨は、ローマ貨幣と同じ重量基準でつくられている。カニシカの家系はゾロアスター教のを信奉していたが、彼はまたアショーカ王とならぶ仏教の保護者としても知られ、その治世に第4回の仏教結集がおこなわれたという。 カニシカの貨幣には仏像やギリシア・ローマの諸神、ゾロアスター教・ヒンドゥー教の諸神の像がうちだされており、この王が宗教的に寛大で、諸民族・諸文化の混在する大帝国をたくみに統治したことが知られる。
クシャーナ朝とサータヴァーハナ朝地図
クシャーナ朝 クシャーナ朝とサータヴァーハナ朝地図(2世紀半ば) ©世界の歴史まっぷ

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詳説世界史研究
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