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バラモン教 古代オリエント インド・ヨーロッパ語族 の移動 インド・ヨーロッパ語系民族の進出
古代オリエント インド・ヨーロッパ語族の移動 紀元前2000年紀

インド・ヨーロッパ語族

インド・ヨーロッパ語族 印欧語族。歴史時代の初めから東はインドから西はヨーロッパ大陸にわたって広く分布した,多くの言語を含む一大語族。現代語では,英語,フランス語,スペイン語,ドイツ語,ロシア語などの有力な言語がこれに属する。インド=イラン,アルメニア,ギリシア,アルバニア,イタリック,ケルト,ゲルマン,バルト,スラブの各語派に下位区分され,これらはいずれも現代まで生き残った言語を含んでいる。ほかに,20世紀に入って文献が発見されたヒッタイト語とトカラ語があり,それぞれ独立の語派をなすが,いずれも死語である。 19世紀以降,厳密な比較文法による研究が続けられ,複雑な屈折や派生の体系をもつ祖語の形がかなりよく再構されている。前 3000年頃に,この祖語が行われていたものと推定されている。なお,ドイツの学者は好んでインド=ゲルマン語族の名を用い,一部の学者によってインド=ヒッタイト語族の名も用いられることがある。古くは,アーリア語族の名も用いられた。

インド・ヨーロッパ語族

インド・ヨーロッパ語系民族の進出
オリエントと地中海世界 ©世界の歴史まっぷ

オリエントと地中海世界

古代オリエント世界

インド・ヨーロッパ語族の進出
現住地とされる中央アジアや南ロシアより紀元前2千年紀諸島に移動を開始したインド・ヨーロッパ語系民族は、他の民族(民族系統不明のフルリ人も、この時期に東方より北メソポタミアに進出し、その後各地に広がって、インド・ヨーロッパ語系の民族がたてた諸公国の人口の重要な部分を占めるようになった。)も巻き込んでオリエントに波状的に侵入した。馬(オリエント世界に初めて登場)にひかせた戦車で編成された彼らの軍隊は、そのすぐれた機動力をいかして先住民を次々に撃破し、各地に征服国家をたてた。これによって、エジプトも含めてオリエントの各地方の接触が促され、ひとつの世界としての古代オリエントが形成される道がひらけた。
民族系統不明のフルリ人も、この時期に東方より北メソポタミアに進出し、その後各地に広がって、インド・ヨーロッパ語系の民族がたてた諸王国の人口の重要な部分を占めるようになった。
まず紀元前19世紀ころに小アジアのアナトリア高原に移動した一派は、先住民族を従えてヒッタイト王国をたてた。紀元前1650年ころにはハットゥシャを都とする強力な帝国に成長し、紀元前16世紀のはじめには古バビロニア王国と争ってこれを滅ぼした。最盛期は紀元前14世紀で、南進してミタンニ・エジプトと抗争した。なかでも紀元前13世紀の初頭、北進してきたエジプト新王国のラメセス2世と、シリアの覇権をめぐって争ったカデシュの戦いは有名である。彼らが軍事的に強大化したのは、馬と戦車に加えて鉄製武器を使用した事による。紀元前12世紀初めに、当時東地中海全域を巻き込んだ民族大移動の波の中で、バルカン方面から来襲した民族によって滅ぼされたが、これ以降、それまでヒッタイトに独占されていた製鉄技術が、オリエント各地に普及するようになった。 古バビロニア王国が滅んだあとには、東方山地よりインド・ヨーロッパ語系の別の派であるカッシート人が侵入し、王国(バビロン第3王朝)をたててメソポタミア南部を約400年間支配した。また他の一派はフルリ人とともにミタンニ王国を形成し、紀元前15世紀から次の世紀の半ばまで、メソポタミア北部から北シリアにかけて強い勢力を張った。こうしてオリエントでは紀元前2千年紀の半ばに、エジプトの新王国も含めて諸王国が並立する複雑な政治状況が生まれたが、その後、紀元前1200年前後に上に記した民族大移動の波が東地中海地方を襲うと、混乱はさらに大きなものとなった。しかしやがて、その中から新たな勢力が台頭し、オリエント世界の新しい秩序が形づくらてていくのである。
インド・ヨーロッパ語系民族の進出
古代オリエント 紀元前2000年紀
インド・ヨーロッパ語系民族の進出
古代オリエント 紀元前1200年頃
インド・ヨーロッパ語系民族の進出
古代オリエント 紀元前1200年頃 2

ボアズキョイの発掘

1905年から翌年にかけて、ドイツのヴィンクラーが当時オスマン帝国領であったアナトリア高原のボアズキョイの遺跡を発掘し、ヒッタイト王国の首都ハットゥシャの存在を明らかにした。遺構より多数出土した粘土板文書の解読と研究をつうじて、やがてヒッタイト学という学問が成立し、現在は日本からも調査隊が派遣されて、小アジア各地でさかんに発掘がおこなわれている。
インド・ヨーロッパ語系民族の進出 - 世界の歴史まっぷ

参考

詳説世界史研究

インド=ヨーロッパ語系諸族

インド=ヨーロッパ語族に属する言語を話す諸民族を一括していう。その発生時期,文化の内容は,推定されたインド=ヨーロッパ諸語の共通基語によって想定されている。それらの基語によれば,その発生期においては,父を中心とした家族制度をもち,天神崇拝の宗教,牛馬,犬,豚などの家畜を所有していたことがわかり,発生時期は,まだ鉄器を使用しない新石器時代に属したことが判明している。しかし,これらの民族の発生地がどこであるかについては,アジア説,ヨーロッパ説があって,定説は確立されていない。また諸民族間における文化の単一性も否定される場合がある。推定の基礎とした語彙も,断片的なものが収集されているにすぎず,詳細は言語学,先史考古学,人類学の解明にまたねばならない。近年のインド=ヨーロッパ比較神話学の成果によれば,祭政,軍事,豊穣の3つの社会的機能に分れる神界の構造が共通している。

アーリヤ人

インド=ヨーロッパ語系諸族と同義に用いられることもあるが,正確には,インド=ヨーロッパ語系諸族の一派でインドとイランに定住した民族。アーリアとはサンスクリット語の「高貴」の意からきている。現在では,アーリアはインド=アーリア語派のように言語とその言語集団についてのみ使用される。アーリヤ人の祖先は中央アジアで遊牧生活を営んでいたが,前 2000年頃からその一部が南下してアフガニスタンに入り,カブール渓谷を通ってインダス川上流地方に侵入,インダス文明をつくった先住民に代り,またこの文明を部分的に取入れて定住農耕生活に入った。その一部は前 1000年頃東のガンジス川流域に侵入,先住民を征服してこれと混血し,のちのインド文明発展の主役となった。中央アジアからイラン高原に侵入した一部はのちのペルシア文明を発展させた。形質的にはコーカソイドに属する。

参考

インド・ヨーロッパ語族の移動

インド・ヨーロッパ語族 の移動
インド・ヨーロッパ語族の移動
紀元前2000年頃、中央アジアから各地に移動

ヒッタイト

  • オリエント世界ではイランや小アジアのあたりに定住
  • ヒッタイトははじめて鉄器を使用したことで、軍事的にとても強く、古バビロニアを滅ぼす。

ヒクソス

  • エジプトに入り込んだ集団
  • 馬と戦車の使用で軍事的にとても強く、エジプト第2中間期にヒクソス政権を築く。
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