アウレリウス・アウグスティヌス
アウグスティヌスの肖像画(画:フィリップ・ド・シャンパーニュ/17世紀(1645年頃〜1650年頃) ロサンゼルス・カウンティ美術館蔵

アウレリウス・アウグスティヌス

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アウレリウス・アウグスティヌス またはヒッポのアウグスティヌス (354年11月13日 – 430年8月28日)
古代キリスト教の神学者、哲学者、説教者。ラテン教父とよばれる一群の神学者たちの一人。キリスト教がローマ帝国によって公認され国教とされた時期を中心に活躍し、正統信仰の確立に貢献した教父であり、古代キリスト教世界のラテン語圏において多大な影響力をもつ理論家。

アウグスティヌス

カトリック教義の確立に多大な貢献をした教父

古代キリスト教会最大の教父(教会に公認された神学者)といわれたアウグスティヌスは、青年期は放蕩していたという。北アフリカ・ヌミディアのタガステで、ローマ帝国の官吏(かんり)の子として生まれたアウグスティヌスは、頭脳明晰。
カルタゴの学校に入学しても抜群の成績を修めたという。しかしその後の生活は乱れ、内面に潜む肉欲と理想の板挟みで、もがき苦しんだ。
マニ教に帰依(きえ)した時期もあったが、ミラノで教職に就いたことがきっかけで、ミラノの司教からキリスト教を学び、キリスト教への回心を決意した。
アフリカへ戻ると、自らも司教となり、キリスト教正統教義の一本化に力を注ぎ、カトリック教義の確立に貢献した。
そしてローマ帝国を救うのは神であると、普遍史の大薯・「神の国」で説き、自らのマニ教からの回心を「告白録」で綴り、話題を呼んだ。
アウグスティヌスは新プラトン主義(ネオプラトニズム)のキリスト教化に努め、その思想は中世の「スコラ哲学」への道をつくり、西洋哲学に多大な影響を与えた。

参考

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