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日露戦争後の国際関係

日露戦争後の国際関係 中国同盟会
中国同盟会(孫文と日本の九州の同志。前列右端:孫文、中央:小山雄太郎、左端:末永節。後列右端:清藤幸七郎、中央:宮崎滔天、左端:内田良平/1897年/WIKIMEDIA COMMONS)©Public Domain

日露戦争後の国際関係

東アジアの片隅にある有色人種の小国日本が、予想に反して白人の大国ロシアとの戦いに勝利を収めたことは、白人不敗の神話を打ち破って世界に衝撃を与え、中国・インド・オスマン帝国(トルコ)・フィンランドなどの民族運動の高まりに大きな影響を及ぼした。

日露戦争後の国際関係

日露戦争は、世界列強の複雑な利害関係を背景として行われただけに、国際政局に大きな影響を及ぼし、とくに東アジアにおける国際関係は大きく変動した。

東アジアの片隅にある有色人種の小国日本が、予想に反して白人の大国ロシアとの戦いに勝利を収めたことは、白人不敗の神話を打ち破って世界に衝撃を与え、中国・インド・オスマン帝国(トルコ)・フィンランドなどの民族運動の高まりに大きな影響を及ぼした。とくに孫文そんぶん(1866〜1925)らが清朝の打倒と漢民族による民国の建設をめざして、日露戦争が終わりに近づいていた1905(明冶38)年8月、東京で中国同盟会を結成したことは、中国の民族革命運動にとって画期的な出来事であった。

日露戦争後の国際関係 中国同盟会
中国同盟会(孫文と日本の九州の同志。前列右端:孫文、中央:小山雄太郎、左端:末永節。後列右端:清藤幸七郎、中央:宮崎滔天、左端:内田良平/1897年/WIKIMEDIA COMMONS)©Public Domain

ネルー少年と日露戦争

日露戦争における日本勝利のニュースは当時イギリスに留学していた16歳のインド少年ネルー( Nehru, 1889〜1964、第二次世界大戦後の初代インド首相)に大きな感銘を与えた。彼はそれを聞いて、日本に関する新聞記事を切り抜き、また日本についての英文の著作を好んで読みふけったという。オスマン帝国でも日本の勝利は大きな民族的興奮を巻きおこし、山奥の村々にまでそのニュースが広がったといわれる。これは今日まで、インドやトルコの良好な対日感情に反映されている。しかし日本がその後、韓国・中国に対してあらわな植民地主義政策を進めるのをみたネルーは、欧米列強と同じような植民地主義国家が新しく東アジアに出現したことを悟ったのである。

参考

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