征服王朝
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征服王朝

遼に始まる金・元・清の北方諸民族王朝が中国本土(あるいはその一部)を征服しながら、漢族文化に吸収・同化されることなく、独自の文化を保持したことに、その特質があるとする概念。「征服王朝」は、10世紀以降の北方諸民族が、漢族文化とは異なるみずからの文化的独自性をはっきり自覚するにいたったという、東アジア史の新しい局面を鮮やかに示す用語として、今日なお有効性をもつと考えられる。

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東アジア世界の形成と発展

東アジア諸地域の自立化

西夏の成立

「征服王朝」とは、ナチスに追われてアメリカに亡命したドイツ人の中国研究者 K.A.ウイットフォーゲル(1896〜1988)が創唱した概念で “Dynasty of Conquest” の日本語訳である。彼によれば「征服王朝」とは、遼に始まる金・元・清の北方諸民族王朝が中国本土(あるいはその一部)を征服しながら、漢族文化に吸収・同化されることなく、独自の文化を保持したことに、その特質があるとする。
これに対して、5世紀の華北建国された北魏や北朝の諸王朝は、漢族文化に対抗シエルほどの独自の文化をもたず、漢族文化に吸収・同化されたとして、これを浸透王朝 “Dynasties of Infiltrate” の概念で把握する。
「征服王朝」は、10世紀以降の北方諸民族が、漢族文化とは異なるみずからの文化的独自性をはっきり自覚するにいたったという、東アジア史の新しい局面を鮮やかに示す用語として、今日なお有効性をもつと考えられる。

遼の成立 – 世界の歴史まっぷ

詳説世界史研究

征服王朝・浸透王朝一覧

華北の浸透王朝の歴史
五胡十六国~北朝)
東胡 濊貊 粛慎
前漢 匈奴
後漢 烏桓 鮮卑 夫余 高句麗 沃沮 挹婁
西晋
慕容部 宇文部 高句麗
前燕
前秦
後燕
北燕
北魏 契丹 室韋 勿吉
東魏
北斉
北周
靺鞨
渤海
征服王朝の歴史
(遼・金・元・清)
遼(契丹) 女真 東丹国
定安
東遼 大真国
後金(女真・満州)

参考 Wikipedia

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