ロシア二月革命
ロシア二月革命(1917年3月2日ニコラス2世退位/ロシア国立歴史博物館蔵/WIKIMEDIA COMMONS)©Public Domain

ロシア二月革命

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ロシア二月革命

ロマノフ朝を滅亡させた革命。1917年3月(ロシア歴2月)ペトログラードの労働者ストライキに鎮圧出動を拒否した兵士たちも加わりソヴィエト結成。その支持を得て国会はブルジョワジー中心の臨時政府を組織。皇帝ニコラス2世は退位、ロマノフ朝滅亡。

ロシア二月革命

二月革命(三月革命):1917 ロマノフ朝を滅亡させた革命。1917年3月(ロシア歴では2月)、ペトログラードでの労働者のストライキに、鎮圧出動を拒否した兵士たちも加わり、ソヴィエトが結成された。その支持を得て、国会ではブルジョワジーを中心とする臨時政府が組織された。皇帝ニコラス2世は退位し、ロマノフ朝は滅亡した。

参考 世界史用語集

二つの世界大戦

第一次世界大戦とロシア革命

ロシア革命

第一次大戦が勃発するとロシアでも、ボリシェヴィキとメンシェヴィキをのぞいて国会は政府との戦争協力体制に入った。しかし、緒戦しょせんのタンネンベルクの戦いで敗北を喫したあと、1915年春から夏にかけてのガリツィアとポーランドでも大敗して挙国一致体制は激しく動揺した。前線の兵士の間には厭戦えんせん気分が広まり、1916年夏には、労働運動が再び高揚し、中央アジアの諸民族も動員に抗議して蜂起した。鉄道など交通網の不備から都市への食料・燃料の供給は低下する一方であったが、ロシア帝国の北西隅にある首都ペトログラードでは事態はいっそう深刻であった。革命は自然発生的な大衆運動として始まった。1917年3月8日、国際婦人デーの日にペトログラードの女性労働者が「パンよこせ」のデモを始めると、デモは専制打倒と平和を求める全市的なゼネストに発展した。兵士もこれに合流し、各地に労働者・兵士のソヴィエト(評議会・会議)が組織された。ソヴィエトの動きを警戒した国会は自由主義諸党派を中心に臨時政府を成立させ、皇帝ニコライ2世は退位した(二月革命(三月革命) 。ここにロマノフ朝は崩壊したが、ソヴィエトと臨時政府が並立する二重権力の状況が出現し、以後いっきょに国会の解体が進むことになった。

グレゴリウス暦では、三月革命。ロシアでは、1700年から革命前までグレゴリウス暦より13日おそいユリウス暦(ロシア暦)が使われ、革命がおきたときはロシア暦では2月だったので二月革命と呼ばれる。同様に、のちの十一月革命も十月革命と呼ばれる。ロシア暦は1918年に廃止された。

ロシア革命の経緯年表
ロシア革命の経緯年表 ©世界の歴史まっぷ

第一次世界大戦年表

 ヨーロッパ・アメリカアジア
190810澳、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ併合7青年トルコ革命
19117第2次モロッコ事件10辛亥革命
9イタリア=トルコ戦争(〜12.10)
191210第1次バルカン戦争(〜13.2)1中華民国成立
19136第2次バルカン戦争(〜8)7中国第二革命
19146サライェヴォ事件
7墺、セルビアに宣戦
8独、ロシア・フランスに宣戦、ベルギー侵入8日本、ドイツに宣戦
英、ドイツに宣戦インド参戦
タンネンベルクの戦い
9マルヌの会戦、仏が独を阻止10オスマン帝国、同盟国側に参戦
11日本、青島攻略
19154イープルの戦い(毒ガス初使用)1日本、二十一カ条の要求
5伊、三国同盟破棄、オーストリアに宣戦中国、文学革命運動
ルシタニア号事件9フセイン・マクマホン協定
10ブルガリア、同盟国側に参戦12袁世凱帝政宣言→第三革命
19162フェル弾要塞攻防戦(仏が死守)
5ユトランド沖海戦5サイクス・ピコ協定
6ソンムの戦い(連合軍の攻勢)
19171米、ウィルソン大統領「勝利なき平和」
2独、無制限潜水艦作戦
3露、二月革命(三月革命)
4米、ドイツに宣戦7ロレンス、アラビアで蜂起を組織
8中国、ドイツに宣戦
9孫文、広東軍政府成立(〜20)
11露、十月革命(十一月革命)「平和に関する布告」11バルフォア宣言
石井・ランシング協定
19181ウィルソン大統領十四カ条」提案
3ブレスト=リトフスク条約
9ブルガリア、休戦8日本、シベリア出兵
10オスマン帝国、休戦
11墺、休戦
ドイツ革命
第一次世界大戦終結
19191パリ講和会議3朝鮮、三・一独立運動
3コミンテルン結成英、インドにローラット法
6ヴェルサイユ条約調印5中国、五・四運動
7ソヴィエト、カラハン宣言
参考:山川 詳説世界史図録

参考