テトラルキア コンスタンティヌス1世 ローマ帝国 ザ・ローマ帝国の興亡 第五話 コンスタンティン
各皇帝の担当領域の変遷 @ Wikipedia

テトラルキア (四帝分治制) (A.D.293〜A.D.324)

ローマ帝国ディオクレティアヌスが新たに導入した、広大な帝国を効率よく統治するために2人の正帝(アウグストゥス)・2人の副帝(カエサル)をおき、4人の分担統治をいう。

テトラルキア

テトラルキア 各皇帝の担当領域

コンスタンティヌス1世 ローマ帝国 ザ・ローマ帝国の興亡 第五話 コンスタンティン
各皇帝の担当領域の変遷 @ Wikipedia

テトラルキアの皇帝一覧

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ローマ帝国テトラルキア時代皇帝一覧

 西方 東方
正帝(皇帝)副帝首都長官正帝(皇帝)副帝
285年 - 293年マクシミアヌス
(オキシデント)
285年–305年
ディオクレティアヌス
(オリエント)
285年–305年
293年 - 305年コンスタンティウス・クロルス
(ガリア、ヒスパニア)
293年–305年
ガレリウス
(イリュリクム)
293年–305年
305年 - 306年コンスタンティウス・クロルス
(ガリア、ヒスパニア、ブリタンニア)
305年–306年
フラウィウス・ウァレリウス・セウェルス
(イタリア本土、アフリカ)
305年–306年
ガレリウス
(イリュリクム)
305年–311年
マクシミヌス・ダイア
(オリエント)
305年–307年
306年 - 307年フラウィウス・ウァレリウス・セウェルス
(イタリア本土、アフリカ)
306年–307年
コンスタンティヌス1世
(ガリア、ヒスパニア、ブリタニア)
306年–307年
マクセンティウス
(ローマ)
307年
307年 - 313年コンスタンティヌス1世
(ガリア、ヒスパニア、ブリタニア)
307年
マクセンティウス
(イタリア)
307年–312年
リキニウス
(トラキア、ポントゥス)
308年
マクシミアヌス
(イタリア)
307年–310年
マクシミヌス・ダイア
(オリエント)
310年–313年
マクシミヌス・ダイア
(オリエント)
307年–310年
313年 - 324年コンスタンティヌス1世
(オキシデント)
313年–324年
バシアヌス
(イタリア)
313年–314年
リキニウス
(オリエント)
313年–324年
ウァレリウス・バレンス
(イリュリクム)
314–316年
クリスプス
(オキシデント)
317年–326年
マルティニアヌス
(オリエント)
324年
小リキニウス
(オリエント)
317年–324年
324年コンスタンティヌス1世
参考Wikipedia

参考 Wikipedia

オリエントと地中海世界

ローマ世界

専制ローマ帝国

ディオクレティアヌス帝は、ユピテル神の体現者として統治し、皇帝の神的権威を強めた。市民は今や皇帝の臣民であり、皇帝の前に出るときは跪拝礼きはいれいを求められ、元老院の諮問会議も皇帝のまえで起立したままおこなわれた。ディオクレティアヌス帝はこのようにオリエント的専制支配に傾いていき、彼の時代以後は専制君主制(ドミナートゥス)と呼ばれる。彼は広大な帝国を効率よく統治するために2人の正帝・2人の副帝をおく四分統治世(テトラルキア)を採用し、帝国の行政区分をも再編成した。

専制ローマ帝国 – 世界の歴史まっぷ

参考

詳説世界史研究