16.イスラーム世界の形成 預言者ムハンマド カアバ神殿
カアバ神殿 @Wikipedia

カアバ神殿

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カアバ神殿
サウジアラビアのメッカにあるイスラーム教のモスク「マスジド・ハラーム」の中心部にある立方体の建造物でその一隅に聖なる黒石がはめこまれている、イスラームにおける最高の聖地とみなされている聖殿。
イスラーム前の時代からアラブの宗教の一中心で、多くの神々が祀られていた。 630年預言者ムハンマドは一神教であるイスラーム教を唱え、神殿内のすべての偶像を破壊してここをイスラーム教の聖殿に定めた。
コーラン第2章127節によれば、カアバはイブラーヒーム(アブラハム)とイスマーイールによって基礎をおかれたことになっており、また第3章96節ではカアバは地上につくられた最初の聖所とされている。イスラム教徒の礼拝の方向はこのカアバに向けられ、カアバへの巡礼はイスラム教徒の重要な義務の一つである。

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カアバ神殿

カアバ神殿
預言者ムハンマドによる「カアバの黒石」の聖別(14世紀/エディンバラ大学図書館所蔵『集史』「預言者ムハンマド伝」載録の細密画) ©Public Domain

歴史

カアバの歴史は非常に古く、イスラーム以前の時代にはアラビア人の信仰していた多神教の神々の神殿として使われ、アニミズム時代(ジャーヒリーヤ、無明時代)には、360もの神々の聖像が置かれていた。
当時のカアバ神殿に祭祀されていた360の神々の最高神はアッラーフであり、救済を司る神として崇められていた。また、アッラート、マナート、アル・ウッザーという三女神の父とされていた。
アッラーフを除いた神々の中での最高神が月の女神であるアッラート(アッラーフの女性名詞形。アリラト、アルラトとも)であり、月経を司る五穀豊穣の老婆の女神であった。なお、イスラーム教は純粋太陰暦であるヒジュラ暦を採用している。アッラートの「御神体」は、天然ガラスである黒曜石(もしくは隕石由来のテクタイト)でできていると言われており、アニミズム時代は「月からの隕石」と信じられていた。現在この黒石は、カアバ神殿の東南角に丁重にはめ込まれており、イスラームの巡礼であるハッジにおいてこの石に触れることができれば大変な幸運がもたらされると、イスラーム世界では信じられている。ハッジはイスラーム成立期のアラビア半島での伝承を色濃く残しており、考古学的にも大変興味深いものである。

ムスリム(イスラーム教徒)の伝承によれば、カアバはそもそも神が人類の祖であるアーダム(アダム)とその妻ハウワー(イヴ)に命じて建設させた聖殿であり、その周囲を回ることは天上の神の玉座とそれを巡る天使たちの地上における再現で、神がアーダムに命じたことであるという(旧約聖書の創世記にはカアバ神殿の記述は無い)。しかし最初のカアバの建物はヌーフ(ノア)の時代の大洪水によって失われたとされている。

イスラーム教の聖典『コーラン』によると、カアバの場所は大洪水以来その場所がわからなくなっていたが、預言者イブラーヒーム(アブラハム)は神からカアバの場所を教えられた。そして、イブラーヒームは息子のイスマーイール(イシュマエル)とともにカアバを建設した、という(第2章「牝牛」125-127節)。その後、カアバはイスマーイールの子孫であるアラビア人が信仰の中心とする神殿となったが、やがてイブラーヒーム親子の真正な一神教は忘れ去られて多神教の神殿となったとされる。

イスラーム教の事実上の創始者で最終かつ最高の預言者とされているムハンマド・イブン=アブドゥッラーフの生まれた時代、カアバはこの地の豪族であるクライシュ族が管理していて、その当時メッカはアラビア半島の交易路の十字路だったためにキャラバンの避難所としても使われていた。そのキャラバンは当時支配的だった多神教の偶像をカアバに奉納し続け一年にちなんだと考えられる360もの偶像があった。しかし、多神教と偶像を否定するムハンマドの興したイスラーム共同体は、コーランを通じてカアバを宗教的に重要な場所と認識していた。

このためメディナへ聖遷(ヒジュラ)したムハンマドらイスラーム共同体(ウンマ)側は、628年に交戦中にあったクライシュ族側と交渉し、メッカへの小巡礼(ウムラ)を行えるよう10年間の休戦を約定した(フダイビーヤの和議)。
翌629年にはムハンマド自身もメッカへの小巡礼を行っている。しかし、その後も巡礼中などでの部族間の刃傷事件が絶えず、これを口実としついに630年に預言者ムハンマド率いるムスリム軍がアブー・スフヤーン(ムアーウィヤ1世の父)を筆頭とするクライシュ族のメッカを無血開城して征服した。
この時上記のアッラートの「御神体」とされていた「黒石」( حجر الأسود‎ Ḥajar al-Aswad)を除く359の聖像が全て破壊されて名実共にイスラームの聖殿とし、同時に伝承によるとムハンマド自身の手によって「黒石」は聖別され、カアバの建物の東の角に据え付けられた。このため現在でもカアバの内部は天井を支える柱などを除くと装飾のない空洞になっている。

信仰

カアバは、世界が創造されてから最初に真正の唯一神であるアッラーフに奉納された聖殿であるとされ、イスラーム教における最高の聖地とされている。ムスリムはムハンマドがメディナにあって当地のユダヤ教徒との仲が険悪になった頃、礼拝する方向をエルサレムの方向からカアバの方角(キブラ)に改められ、以来、1日5回の礼拝はカアバの方角(キブラ)に向かって行われるようになった。
ムスリムは聖地であるカアバに巡礼することを義務とされ、メッカに赴いて巡礼に参加する余裕があるならば、一生に一度カアバに巡礼しなければならない(五行のひとつハッジ)、とされている。

Wikipediaより

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