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ローマの領土拡大地図

地名:ローマ領土拡大, ポエニ戦争までのローマの領(紀元前264年), ポエニ戦争終結時までの獲得(紀元前146年), 第1回三頭政治までの獲得(紀元前60年), 第2回三頭政治までの獲得(紀元前43年), アウグストゥス帝没までの獲得(14年), ローマ帝国最大領土, カエサルの進路, オクタヴィアヌスの進路, ザマ, カルタゴ, タレントゥム, キレネ, アレクサンドリア, イェルサレム, ダマスクス, アンティオキア, パルミラ, クテシフォン, エクバタナ, ニケーア, ベルガモン, エフェソス, ビザンティウム, ヴィンドボナ(ウィーン), ルテティア(パリ), マッシリア, ローマ, ロンディニウム(ロンドン), カルタゴ=ノヴァ, ガデス, アテネ, コリント, キプロス, ガラティア, アルメニア, アッシリア, メソポタミア, ポントゥス, シリア, アラビア, エジプト, キレナイカ, アカイア, アフリカ, ヌミディア, シチリア, マウレタニア, ヒスパニア, ガリア, ブリタニア, ゲルマニア, ノリクム, ラエティア, ガリアキスアルピナ, コルシカ, サルデーニャ, イリリクム, イタリア, マケドニア, エピルス, ダキア, トラキア, ボスフォラス王国, アシア, パルティア, ザマの戦い(B.C.202), カンネの戦い(B.C.216), トイトブルク森の戦い(B.C.9), ローマの長城(リーメス), カルラエの戦い(B.C.53), アクティウムの海戦(B.C.31)

ローマの領土拡大地図
ローマの領土拡大地図 ©世界の歴史まっぷ

凡例

共和政ローマ

共和政ローマは、紀元前509年の王政打倒から、紀元前27年の帝政(ローマ帝国)の開始までの期間の古代ローマを指す。
この時期のローマは、イタリア中部の都市国家から、地中海世界の全域を支配する巨大国家にまで飛躍的に成長した。帝政成立以後ではなく地中海にまたがる領域国家へと発展して以降を「ローマ帝国」と呼ぶ場合もある。また、1798年に樹立されたローマ共和国 (18世紀)、1849年に樹立されたローマ共和国 (19世紀)と区別するために「古代ローマ共和国」と呼ばれることもある。

ポエニ戦争までのローマの領土(紀元前264年)

イタリア半島の統一を果たしたローマは、西地中海の商業覇権をめぐって、紀元前264年よりカルタゴとの百年以上の戦争へ突入した(ポエニ戦争)。第一次ポエニ戦争でシチリアを獲得し、この地を最初の属州とした。
紀元前218年より始まった第二次ポエニ戦争では、カルタゴの将軍ハンニバルにカンナエの戦いで敗れるものの戦況を巻き返し、スキピオ・アフリカヌスの指揮下で再びカルタゴに勝利する。この際、カルタゴ・ノヴァ(現在のカルタヘナ)などイベリア半島南部におけるカルタゴの拠点を奪い、西地中海の征服を果たした。また、カルタゴに味方したマケドニアにも遠征を行い、イリュリアやアカエア(ギリシア)を影響下に置いた。この第二次ポエニ戦争でカルタゴは多大な打撃を被ったが、ローマ内部では大カトを中心に対カルタゴ強硬派がカルタゴ殲滅を主張していた。

  • 第一次マケドニア戦争(紀元前215年 - 紀元前205年):アンティゴノス朝マケドニア王国の王・ピリッポス5世がカルタゴのハンニバルと同盟し戦う。
  • 第二次マケドニア戦争(紀元前200年 - 紀元前196年):ローマの指揮官・フラミニヌスにより共和政ローマ勝利。
  • ローマ・シリア戦争(紀元前192年 - 紀元前188年):セレウコス朝シリアに勝利し小アジア諸国と同盟を結ぶ(アパメイアの和約)。
  • 第三次マケドニア戦争(紀元前171年 - 紀元前168年):共和政ローマとアンティゴノス朝マケドニア王国の戦争。アンティゴノス朝が滅亡。
  • 第四次マケドニア戦争(紀元前150年 - 紀元前148年):共和政ローマがマケドニア王国に大勝し、マケドニア全土をローマの属州(マケドニア属州)とした。
ポエニ戦争終結までの獲得領土(紀元前146年)

紀元前149年より第三次ポエニ戦争が行われ、紀元前146年にカルタゴを征服した。

内乱の一世紀

ローマ軍の中核をなしていた自由農民は、連年の出征によって農地から引き離され、また属州より安価な穀物が流入したため次第に没落していく。この状況を打開するために、グラックス兄弟が、平民の支持を得て、土地分与の改革を実施しようとした。しかし紀元前133年に兄ティベリウス、紀元前123年に弟ガイウスが反対派によって命を落とし、改革は失敗に終わった。
共和政ローマ後期における、紀元前133年のティベリウス・グラックスとローマ元老院(セナトゥス)の対立によるグラックスの死から、紀元前27年にオクタウィアヌスが「アウグストゥス」の称号を得て実質的に帝政がはじまるまでのおよそ100年内乱が続いた。

紀元前81年、ルキウス・コルネリウス・スッラが終身の独裁官に就任した。

第1回三頭政治までの獲得領土(紀元前60年)

動乱の時期を経て、ローマは次第に元老院支配体制から有力な個人による統治へと性質を変化させた。
スッラの死後、ローマは紀元前73年から紀元前71年にかけて剣奴スパルタクスの反乱が起こったが(第三次奴隷戦争)、それを鎮圧したローマ一の大富豪でエクィテス(騎士)出身のマルクス・リキニウス・クラッスス、ローマ軍の重鎮でポントス王国の反ローマ戦争(第三次ミトリダテス戦争、前74年 - 前63年)を破ってミトリダテス6世を自殺に追いこみ、紀元前63年にセレウコス朝シリアを滅ぼしてシリアとパレスチナを平定したグナエウス・ポンペイウス、そしてマリウスの義理の甥として民衆派を指導していたガイウス・ユリウス・カエサルが台頭していた。
紀元前60年にはポンペイウスとクラッススが、紀元前59年にはカエサルが執政官となった。

ポンペイウスはヒスパニア、クラッススはシリア、カエサルは未平定のガリアの特別軍令権を得て、それぞれを勢力圏とした。ポンペイウスは東方で戦った自分の兵士への土地分配をおこなった。クラッススはパルティアとの戦争を受けもったが、紀元前53年のカルラエの戦いに破れてカルラエで戦死し、その首級はオロデス2世のもとに送られた。紀元前58年から紀元前51年にかけてのガリア戦争の成功によって名声を挙げたカエサルには、ガリア統治権がゆだねられた。

クラッススの死後、カエサルの台頭を危険視したポンペイウスは、それまで対立していた元老院と妥協し、ポンペイウスとカエサルは完全に対立するようになった。元老院はポンペイウスと結んでカエサルを「公敵」であると宣言、それに対しカエサルは紀元前49年、ルビコン川をわたってローマを占領、内戦が始まった。ファルサルスの戦いを経た後、エジプトに逃れたポンペイウスはプトレマイオス13世の側近により殺害された。

ポンペイウスを追ってエジプトに着いたカエサルはクレオパトラ7世をプトレマイオス朝の王位につけて、圧倒的な民衆の支持を背景にローマの権力を一手に収めると紀元前46年に終身独裁官となり、属州の徴税請負人の廃止、無産市民の新植民地市の建設、ユリウス暦の制定など急進的な政治改革を推進した。

紀元前44年、カエサルは反対派の元老院議員達によって暗殺された。

第2回三頭政治までの獲得領土(紀元前43年)

カエサルの大甥にあたり、事後を託されたガイウス・オクタウィウス・トゥリヌスは、カエサルの腹心であったマルクス・アントニウス、カエサルの副官で最高神祇官のマルクス・アエミリウス・レピドゥスの助けを借りて反カエサル派の元老院議員を一掃した。3人は「国家再建三人委員会」を市民集会によって認定させて正式な公職として発足させた(第2回三頭政治)。

アウグストゥス帝没までの獲得領土(14年)

カエサルの遺言状で相続人に指名されたオクタウィアヌスは紀元前31年、アクティウムの海戦でアントニウスに勝利し、紀元前27年に「尊厳者(アウグストゥス)」、「第一の市民(プリンケプス)」の称号を得て、共和政の形式を残しながらプリンキパトゥス(事実上の帝政)が始まった。

ローマ帝国最大領土

ローマ帝国皇帝・マルクス・ウルピウス・ネルウァ・トラヤヌス・アウグストゥス(在位:98年 - 117年)の時代にローマ帝国史上最大の版図を現出した。
ダキア戦争(101年から102年、および105年から106年の2次に渡るローマ帝国とダキア人との戦争) - ダキア戦争はローマの完勝となり、のちにトラヤヌスはローマ市内で凱旋式を挙行した。また、ダキアから産出される鉱物資源(金・銀)はトラヤヌスによるこの後の遠征の資金源になると共に、首都ローマ市を始めとするローマ統治下の各都市の発展に大きく寄与。ダキア人の男性捕虜10万人は奴隷となってダキアから追い出された一方、代わりにローマ人が入植したことでダキアのローマ化が進んだ。

ダキアには属州が置かれ(ダキア属州)、サルミゼゲトゥサは属州州都サルミゼゲトゥサ・レギア (Sarmizegetusa Regia) となった。ダキア属州は皇帝ルキウス・ドミティウス・アウレリアヌスによって放棄されるまでの約160年間に渡り、ローマ帝国へ属することとなった。

カエサルの進路
オクタウィアヌス(アウグストゥス)の進路
戦争
  • カルラエの戦い(紀元前53年) ローマ軍 VS パルティア軍 - パルティア軍勝利
  • アクティウムの海戦(紀元前31年) オクタウィアヌス支持派 VS プトレマイオス朝及びマルクス・アントニウス支持派連合軍 - オクタウィアヌス派の勝利
  • トイトブルク森の戦い(紀元前9年) ゲルマン系ケルスキ族の族長アルミニウスに率いられたゲルマン諸部族軍 VS ローマ帝国 - ゲルマン部族の勝利

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Create Date2018-02-09

Update Date2018-04-14

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