MENUMENU
紀元前2000年 文明・王国世界地図 インダス文明(インドの古代文明) 9.インドの古代文明 紀元前2000年頃の世界地図
紀元前2000年頃の世界地図

紀元前2000年 文明・王国世界地図

ダウンロード > 地図 > ダウンロード

紀元前2000年 文明・王国世界地図

地名:エラム, ウルク, ウル, モエンジョ=ダーロ, メンフィス, ニップール, メソアメリカ, トウモロコシ農耕民, カリブ海, 漁労民, 狩猟民, 採集民, 亜北極, カリブー狩猟民, 漁労民, 狩猟採集民, 漁労民, グレートプレーンズ, バイソン, 狩猟民, ウッドランド東部, 狩猟採集民, 海棲哺乳類狩猟民, アンデス山地, ラマ遊牧民, ジャガイモ農耕民, サバンナ, 狩猟採集民, パンパ, 海棲哺乳類, 狩猟民, アマゾン森林地帯, 狩猟採集民, 鐘状ビーカー人, タイガのフィン=ウゴル語派系, 狩猟採集民, 青銅器, 時代文化, 竪穴墓文化, アンドロノヴォ文化, タイガ, 古シベリア諸語系, 狩猟採集民, 古代極北, 狩猟民, 古アジア諸語系, 狩猟採集民, 新石器時代, 後期の縄目, 文土器文化, ヒッタイト人, 南部, セム族, ヌビア人, 遊牧畜民, 穀物採集民, 熱帯雨林, 狩猟採集民, ヤムイモ農耕民, コイサン系, 狩猟採集民, 熱帯雨林, ピグミー系民族, アムル人, シュメール人, カッシート人, チベット, ビルマ, ドラヴィダ, オーストロアジア, 稲作民, オーストロネシア, タイ系, 稲作民, オーストロアジア, プレ・オーストロネシア, 農耕民, オーストラリア先住民, 縄文時代, 複合的農耕社会, 首長制社会, 遊牧畜民, 都市化社会, 定住農耕文化, 定住農耕民, 狩猟採集民

紀元前2000年 文明・王国世界地図

概要

シュメールやエジプトにおける最初の文明の誕生 アメリカ大陸の初期農耕社会

紀元前2000年頃の世界地図
紀元前2000年頃の世界地図 ©世界の歴史まっぷ

最初の文明、すなわち本格的な統治体制に基づく都市や国家組織をもつ複合的な社会は、前4千年紀から前3千年紀のあいだに興った。
前3500年頃、最初にシュメール文明がメソポタミア南部に現れた。そこではさまざまな都市国家が発展していったが、それぞれは余剰食料や手工品、交易品などの収集・再分配の拠点である神殿群をその中心としていた。
この時代、統治者たちは政治的権力と宗教的権威を結びつけ、都市間における戦争が頻繁に起こっていた。
前2334年前後、アッカド(古バビロニアの北部に栄えた王国)の統治者であるサルゴン(アッカド王)は、メソポタミア全土を征服し、最初の王国(帝国) – アッカド王国 を築き上げた。
やがて前2193年頃にアッカド王国が崩壊すると、都市国家のウル(古代シュメールの都市)が台頭し、前2400年に陥落するまで、その地域一帯を支配するようになる。
前4千年紀の末期には、エジプトの肥大なナイル河谷でいくつかの地方王国が興隆した。
前3000年頃にナルメルによって統一されたエジプトは、神権政治の伝統を発展させたが、巨大なピラミッドは古王国時代における権力と国家機構の証拠といえる。
一方、前2600年頃に出現したインダス文明の政治組織については、なおも不明な点が多い。
紀元前2000年 頃に登場したミノア文明(ミノス文明)は、メソポタミアの神殿群と同様の機能をもつ宮殿によって支配されていた。
中国では高度な龍山文化(新石器時代)が、強大な支配者と熟練した職人からなる社会的・階層的文化を発展させていった。これは、黄河流域における集約的な稲作の開始によって引き起こされた、急激な人口増加に起因しているかもしれない。
さらにこの時代において重要なことは、ステップを越えてはるか遠方のアルタイ山脈に至るまで牧畜文化が広がった点である。
アメリカ大陸では、海棲哺乳類狩猟民が極北に入植する一方で、最初の農耕社会が出現している。

5大都市の人口(推定) 単位: 1000人

ウルク 80%
ウル 65%
モヘンジョダロ 40%
メンフィス 30%
ニップール 20%

文字

前3400年に出現した最初の文字であるシュメールの絵文字は、粘土板にみられる文字(クレイ・トークンシステム)の発展形であった。
前3千年紀の初頭、シュメールの絵文字はより用途の広い楔形文字へと発展していく。
一方、エジプトやインダス河谷で独自に発展した象形文字は、前2000年までにクレタ島のミノア人たちによって用いられていたが、おそらくそれはエジプトとの交易によるものであった。

青銅

前3800年頃イランでの青銅の利用は、以後数千年にわたって、銅(のちに金)は装飾品や宝石、さらに小さな道具を作るために中東やヨーロッパで広く用いられるが、日常的に使用する石器と比べあまりにも軟質であったため、それにとって変わるまでには至らなかった。
だが、銅とヒ素あるいはすずの合金である青銅は、銅よりも硬質で、刃が傷みにくく、さらに石製の道具と異なって一度溶かして作りなおすことができた。
こうして青銅製の道具は技術の普及とあいまって、石製の道具に変わって、徐々に多様な目的に用いられるようになった。
しかし、石とは異なり、青銅の原材料は比較的入手が困難だった。
青銅がもたらした効果のひとつとして、長距離交易の拡大やさまざまな文化間での積極的な接触といったことがあげられる。
前4千年紀には、冶金やきん術のロストワックス法(蝋型法: 蝋で原型を作ったあと、それを用いて作成した鋳型いがたに溶融金属を流し込む精密鋳造ちゅうぞう法)の技術が開発され、青銅・銅・金を用いて、より複雑なモノを作ることがきでるようになった。

参考資料

created by Rinker
¥19,440 (2019/04/21 22:12:40時点 Amazon調べ-詳細)

アジア・アメリカの古代文明

アジア・アメリカの古代文明
アジア・アメリカの古代文明 ©世界の歴史まっぷ
MENUMENU