三国志 Three Kingdoms 登場人物 一覧

三国志 Three Kingdoms 登場人物
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三国志 Three Kingdoms 登場人物
三国時代(中国)は、黄巾の乱の蜂起(184年)による漢朝の動揺から、西晋による中国再統一(280年)までを指す。
229年までに魏(初代皇帝:曹丕)、蜀(蜀漢)(初代皇帝:劉備)、呉(初代皇帝:孫権)が成立、中国国内に3人の皇帝が同時に立った。三国時代については、陳寿が著した『 三国志 』、明代に書かれた『 三国志 演義 』に記されている。
当作は、100年余りの混乱の時代、後漢・三国時代から普の中国統一までの物語。 黄巾の乱(中国全土)の中、物語は189年 皇帝の霊帝が崩御し、14歳の劉弁(後漢の第13代皇帝・少帝弁)が即位したが、朝廷の実権を手にした董卓は少帝を廃して陳留王(後漢の最後の皇帝・献帝)を皇帝につけたところからはじまる。

三国志 Three Kingdoms 登場人物

220年〜265年 。
華北を支配した王朝。首都は洛陽。魏志倭人伝を残す。

曹操(そうそう): 君主

曹操155年〜220年。
袁紹(えんしょう)を官渡の戦いで破り、天下統一に乗り出す。赤壁の戦いで孫権と劉備の連合軍に大敗を喫するが、依然として最大の勢力を誇る。才人・司馬懿を見出し、後継者の育成に当たらせる。
字は孟徳(もうとく)、第1話から登場する前半の主人公。本作においては従来の悪漢というイメージよりも、合理主義精神に富む現実主義者という描かれ方になっている。
メモ : 曹家は名臣曹参の裔を称しており、父の曹嵩が三公である太尉であったものの、祖父の曹騰が宦官である事から常に士大夫層からその事を馬鹿にされていた。袁紹(えんしょう)の幕下にいた陳琳(ちんりん)は、曹操との戦いに向けた檄文の中で、曹操を「贅閹の遺醜」(「宦官という卑しい存在の倅」という意味)と罵倒している。このように、曹操の血筋や家柄は、彼の敵手であった袁紹(えんしょう)・袁術ほど、他者に大きく先行するものではなかった。

曹丕(そうひ)

曹丕187〜226年。
曹操の嫡長子。庶兄二人が世を去り、母が正室となって後継者となる。曹操亡き後魏の初代皇帝の座に就く。

荀彧(じゅんいく): 軍師

荀彧163〜212年。
袁紹(えんしょう)を見限り、曹操のもとに身を寄せた政治家、軍師。曹操に様々な策を授け、中原平定を補佐した。冷静沈着であり、幾度となく窮地を救う。
漢室をたすける立場を貫き、魏王となる曹操と対立。自死する。

張遼(ちょうりょう)

張遼169〜224年。
呂布の最初の義父である丁原(ていげん)、異母妹が霊帝の皇后の何氏である何進(かしん)、呂布と主君を失い続け、最後は曹操の配下となる。五将軍の筆頭として活躍した武将。

曹嵩(そうすう)

曹嵩曹操の父。大尉まで上り詰める。193年、陶謙の配下に殺される。

曹洪(そうこう)

曹洪曹仁と共に曹操に仕えた武将。曹操の危機に馬を譲り、曹操を救った。

夏侯淵(かこうえん)

夏侯淵曹操の従兄弟。奇襲攻撃を得意とし、官渡の戦いでは大活躍した。

夏侯惇(かこうとん)

夏侯惇曹操、夏侯淵の従兄弟。曹操の右腕として活躍した隻眼(せきがん)の武将。

程昱(ていいく)

程昱曹操の参謀。劉備を殺すように進言するが聞き入れられなかった。

徐晃(じょこう)

徐晃関羽の軍を破るなど活躍した武将。曹丕の時代には右将軍となる。

楽進(がくしん)

楽進最初は記録係として仕え、後に五将軍に挙げられるほど出世した。

陳珪(ちんけい)

陳圭徐州の高官。曹操に呂布を討つようにそそのかした老稽な人物。

陳登(ちんとう)

陳登陳珪の息子。陳珪に、使者として許の曹操の元に遣わされる。

曹植(そうしょく)

曹植
曹操の嫡妻(ちゃくさい)卞(べん)婦人の三男。詩の才能があり曹操の寵愛(ちょうあい)を受ける。

曹婦人(そうふじん)

曹婦人曹操の娘。213年に姉たちと共に献帝に嫁ぎ、後に皇后となった。

司馬懿(しばい):軍師

司馬懿179〜251年。
代々高官を輩出してきた名門の出で、曹操に見出される。曹操の死後は、魏の皇帝となった曹丕に重用され、その後も曹叡、曹芳に仕える。知略に長けており、諸葛亮と激戦を繰り広げる。
第4部から登場する後半の魏の主人公。 字は仲達。常に曹族からの弾圧を恐れ平身低頭で身を隠すも、大業への志は曲げず最終的に三国を統一する司馬氏の礎を築く。

曹仁(そうじん)

曹仁168年〜223年。
董卓討伐の際、千人もの若者を率いて暴れまわり、曹操の配下となった曹操軍きっての名将。曹操の従弟。
周瑜を計略にはめて毒矢を射る。

曹叡(そうえい)

曹叡206〜2239年。
曹丕の長男で、曹丕亡き後魏の第二代皇帝となる。蜀との戦いの指揮権を司馬懿に委ねる。

許褚(きょちょ)

許褚曹操を警護し続けた巨漢の武将。曹操軍随一の猛将。曹操のためなら親をも殺すと曹丕に表される。馬超との一騎打ちを演じる。

李典(りてん)

李典武芸よりも学問を好んだ異色の武将。博望坡(はくぼうは)の戦いなどで活躍。

郭嘉(かくか)

郭嘉同郷であった荀彧(じゅんいく)の推挙により曹操の配下となった破天荒な軍師。

于禁(うきん)

于禁曹操配下として官渡の戦いなどで活躍。樊城(はんじょう)の戦いで関羽に降伏。

蔡陽(さいよう)

蔡陽曹操の捕虜となった関羽に反感を抱く武将。後に関羽と戦う。

韓福(かんふく)

韓福洛陽太守。孟坦(もうたん)の提案を受け、劉備の元へと走る関羽を襲撃する。

孔秀(こうしゅう)

孔秀劉備の元へと馬を走らせる関羽を、関所で止めようとする守将。

孟坦(もうたん)

孟担韓福に関羽を討つことを提案した部下。囮(おとり)となり関羽を罠に誘う。

卞喜(べんき)

卞喜元黄巾賊。関羽を待ち伏せるが、僧侶普浄(ふじょう)によって密告される。

蒋幹(しょうかん)

蒋幹諜報のため旧友の周瑜の元に赴くが、逆に利用されてしまう。

221〜263年。流儀が巴蜀(はしょく)の地益州(えきしゅう)に建てた国。巴蜀(現在の四川省・湖北省一帯)を領土とし、成都(せいと)(四川省)を都に定めた。

劉備(りゅうび): 君主

劉備161〜223年。
字は玄徳。前漢の劉勝(りゅうしょう)の末裔だが、若い頃は草鞋(わらじ)を編んで生計を立てる。黄巾の乱、董卓討伐で、義兄弟の関羽・張飛と共に功績を挙げる。人徳があり、軍師諸葛亮を得て、曹操の対抗勢力となっていく。
前半の主人公。

関羽(かんう)

関羽162〜219年。
武力と義理堅さを持つ劉備三兄弟の二弟。一時、曹操の捕虜となるが曹操さえ感嘆させる高潔な武将。

趙雲(ちょううん)

趙雲生年不詳〜228年。
公孫瓚(こうそんさん)(後漢末期の武将)が劉備に随行させた武将。その後劉備の配下に。武芸の達人で五虎大将軍(関羽筆頭・趙雲・張飛・黄忠・馬超)のひとり。

黄忠(こうちゅう)

黄忠生年不詳〜220年。五虎大将軍の一人として活躍した老将。劉備の漢中進出に際して、定軍山(ていぐんざん)で夏侯淵(かこうえん)と戦う。

馬超(ばちょう)

馬超176年〜222年。曹操を暗殺しようとした馬騰(ばとう)を父に持つ。曹操の軍に敗れ、劉備の配下に。五虎大将軍の一人。

諸葛亮(しょかつりょう): 軍師

諸葛亮181年〜234年。
字は孔明。天才軍師。
弟と晴耕雨読の生活を送っていたが、劉備から「三顧の礼」(目上の人が格下の者に対して三度も出向いてお願いすること。)を受け軍師となる。「天下三分の計」(劉備が荊州と益州を領有し、劉備、曹操、孫権とで中国を大きく三分割する。そして孫権と結んで曹操に対抗し、天下に変事があった際、部下に荊州の軍勢を率いて宛・洛陽に向かわせ、劉備自身は益州の軍勢を率いて秦川に出撃することにより曹操を打倒し漢王朝を再興できる、というもの)を説き、曹操・孫権に対応できる勢力を目指す。数々の武器や道具を開発した発明家でもある。

張飛(ちょうひ)

張飛167〜221年。
劉備三兄弟の三弟。劉備と関羽を兄と慕う血気盛んな豪傑。圧倒的な武力と雷鳴のような怒声で敵を震え上がらせる。

龐統(ほうとう)

龐統178年〜213年。諸葛亮に誘われ劉備軍配下に。風采(ふうさい)は上がらぬが、その才は諸葛亮と比され、鳳雛(ほうすう)(鳳凰のひな。転じて、将来優れた人物になることが期待される少年。)と呼ばれた。

劉禅(りゅうぜん)

劉禅207年〜271年。劉備と甘夫人との間に生まれる。幼名は阿斗。17歳で劉備の後を継いで蜀の二代目皇帝となる。

曹豹(そうひょう)

曹豹陶謙死後、劉備の家臣となった武将。超飛と対立し、呂布を頼る。

222〜280年。三国時代に孫権が長江流域に建てた王朝。姓は孫氏。首都は建康(けんこう)。(現在の南京付近)孫呉、東呉とも呼ばれる。
222年: 夷陵(いりょう)の戦い 蜀漢皇帝劉備率いる劉備軍。白帝城(はくていじょう) (中国奉節県の長江三峡)から夷道までの三峡全域。大勝し魏から独立。

孫権(そんけん): 君主

孫権182〜252年。
父・孫堅(そんけん)亡き後、兄孫策(そんさく)も暗殺され、19歳で当主となる。孫策の盟友であった周瑜を都督(ととく)(称号)に迎え、赤壁の戦いで曹操の大群に勝利する。
222年に呉を建国。229 年に皇帝の座に就いた。

孫小妹(そんしょうめい)

孫小妹生没年不詳。
孫策、孫権の異母妹。劉備を罠にかけるために、孫権が孫小妹との結婚を劉備に提案。しかし小妹は心から劉備を夫とすることを認め、嫁いでいく。やがて孫権と劉備の戦いが激化し、呉へと連れ戻される。

陸遜(りくそん)

陸遜183〜245年。
かつて孫氏と敵対していた陸氏の出だが、孫権に仕える身に。荊州(けいしゅう)(現在の湖北省の一帯に相当し、楚の古名もある)の関羽を油断させるための策として、呂蒙に変わって臨時大都督となり、関羽を撃破。呉へと進行してきた劉備と夷陵(いりょう)の戦いで相対する。

呂蒙(りょもう)

呂蒙178年〜219年。
若くして孫策の代から仕え、孫権の代になっても周瑜の元で赤壁の戦いなどで功績を挙げる。魯粛(ろしゅく)にも認められ魯粛亡き後は後任となって兵を率いる。孫権に荊州を奪うべきだと進言し、関羽と激突する。

韓当(かんとう)

韓当孫堅・孫策・孫権に仕え、孫堅の仇、黄祖との戦いで活躍する。

周瑜(しゅうゆ): 軍師

周瑜175年〜210 年。
字は公瑾(こうきん)。若き日に同い年の孫策と出会い、固い絆を結ぶ。孫策亡き後は、孫権の配下となり、軍を指揮。赤壁の戦いを勝利に導くが、それを機に、共に戦った諸葛亮を危険視するようになる。

孫策(そんさく)

孫策175年〜200年。
孫堅の長男。父を亡くした後、袁術から自立。江東を制覇するが、26歳の時に暗殺される。

孫堅(そんけん)

孫堅156〜192年。
孫策、孫権の父。黄巾の乱などを鎮圧して名をあげる。反董卓連合軍の中心人物として活躍する。

黄蓋(こうがい)

黄蓋生没年不詳。
孫堅亡き後、若い孫策、孫権を支えた老将。赤壁の戦いでは「苦肉の策」の語源となる作戦を実行。

魯粛(ろしゅく):軍師

魯粛172年〜217年。
豪族の家に生まれ、周瑜を援助したことが縁で軍師となる。外交手腕に優れ、劉備との同盟を実現。

程普(ていふ)

程普孫堅配下の武将として董卓との戦いで活躍。呉軍の長老的存在。

後漢・朝廷

25年 – 220年。 後漢は中国の王朝。漢王朝の皇族劉秀(光武帝)が、王莽に滅ぼされた漢を再興して立てた。都は洛陽(当時は雒陽と称した。ただし後漢最末期には長安・許昌へと遷都)。五代の後漢(こうかん)と区別するため、中国では東漢と言う(この場合、長安に都した前漢を西漢という)。

漢献帝(かんけんてい)

漢献帝181〜234年。
霊帝の次子。9歳で即位し、董卓が洛陽に入ってくると傀儡(かいらい)と化す。196年曹操の庇護を受けて許に遷都するが、曹操の傀儡となる。

王允(おういん)

王允後漢末期の政治家。貂蝉を使って董卓を陥れた知略派の漢朝廷の司徒。

張温(ちょうおん)

張温王允と仲がよく、董卓と犬猿の仲である大尉。

董承(とうしょう)

董承献帝に付き従う武将。曹操打倒を企てる。国舅(こくきゅう)(天子・国王の外戚)。

貂蝉(ちょうせん)

貂蝉生没年不明。
司徒王允の養女。その美貌を活かして王允の「美女連環の計」を実行し、董卓と呂布の関係を悪化させる。その後呂布の妾となる。

陳宮(ちんきゅう)

陳宮逃亡中の曹操を助けた役人。第3話曹操の呂伯奢の誤殺事件で曹操に見切りをつける。後に呂布に帯同する。

西涼

涼州は、後漢が成立すると隴県を州治とした。194年(興平元年)に州西部に新に雍州を設置している。

董卓(とうたく)

董卓生年不明〜192年。
霊帝死後、大将軍の何進(かしん)による宦官(かんがん)一掃計画に乗じて、洛陽を制圧。武力に優れた呂布を養子に迎え、幕政と殺戮(さつりく)を繰り返す。

華雄(かゆう)

華雄董卓配下の武将。曹操を捉えるため、反董卓連合軍のいる陳留城門前へ行き、名将二人を殺すが、最後は関羽に斬り殺される。

李儒(りじゅ)

李儒董卓の娘婿。王允の策略にもいち早く気付く。

呂布(りょふ)

呂布生年不明〜198年。
最強の武将と言われる。幷州刺史の丁原に仕えていたが裏切って董卓の養子になる。さらにその董卓も切り、流浪することになる。

李傕(りかく)

李傕董卓配下の武将。董卓死後、王允を打倒する。

郭汜(かくし)

郭汜幼なじみの李傕と献帝を擁立して権力を握る。

袁氏

袁(えん)氏は、中国の代表的な姓のひとつ。河南省を発祥の地とし、四川、華北、江南にかけて幅広く分布する。 袁姓を名乗る人は漢民族だけではなく、非漢民族の人々の中国姓としても珍しくない姓である。漢代には早くも四川の非漢民族で袁姓の首長があらわれており、また清代以降の満洲旗人にも袁姓を名乗る氏族がみられる。現在の中華人民共和国において袁姓の人口はおよそ650万人であり、総人口のおよそ0.5%を占める大族である。

袁紹(えんしょう)

袁紹154〜202年。
四世三公(四代にわたって高官である三公を5人も出した事からこう呼ばれる。)名家の生まれで若くして権力を握るが、董卓と衝突。曹操の呼びかけに応え、反董卓連合軍を率いる。しかし、後に曹操と官渡の戦いを行うことになる。

郭図(かくと)

郭図袁紹(えんしょう)の参謀だが、その発言が度々危機を招く。

田豊(でんぽう)

田豊朝廷の官職を経て、袁紹(えんしょう)の参謀となった知将。

許攸(きょゆう)

許攸幼なじみの袁紹(えんしょう)の参謀。優柔不断な袁紹(えんしょう)を見限り曹操に寝返る。曹操軍での横暴な態度を見かねた許褚(きょちょ)に首をはねられる。

袁術(えんじゅつ)

袁術兄・袁紹(えんしょう)と対立し、仲を建国して皇帝となる。

紀霊(きれい)

紀霊袁術の忠実な武将。関羽と激闘を繰り広げる。

袁隗(えんかい)

袁隗袁紹(えんしょう)、袁術の叔父にあたる太傅(たいふ)(官職名。天子(君主)の師。)。董卓によって殺される。

荊州

前105年(元封5年)、前漢により全国を13州に分割した際、荊州が設置された。その管轄範囲は現在の河南省南陽市から湖北省、湖南省善意区を管轄していた。 後漢になると荊州は南陽郡、南郡、江夏郡、長沙郡、桂陽郡、武陵郡、零陵郡の7郡を管轄していた。

劉表(りゅうひょう)

劉表荊州刺史(しし)(中国に前漢から五代十国時代まで存在した官職名。当初は監察官であったが、後に州の長官となった。)。
曹操打倒のため劉備を客将(かくしょう)にする。

劉琮(りゅうそう)

劉琮劉琦の異母弟。祭祀らによって劉表の後継者になる。

蔡氏(さいし)

蔡氏劉琮の母。我が子でない劉琦を疎んじる。

劉琦(りゅうき)

劉琦劉表の長男。劉琮との後継者争いに敗れる。

蔡瑁(さいぼう)

蔡瑁蔡氏の弟。劉表亡き後、曹操のもとで水軍都督となる。

徐州

前漢の武帝の元封元年、全国を13州に分割し各州に刺史を置いた際、現在の山東省南東部と江蘇省の長江以北に相当する地域に徐州を置いた。後漢に入って郯県(現在の山東省郯城県)を州治とした。三国時代、魏は州治を彭城(現在の江蘇省徐州市)に移転した。

陶謙(とうけん)

陶謙徐州牧。領地で曹操の父曹嵩(そうすう)が殺害される。

張闓(ちょうがい)

張闓陶謙配下の軍人。曹嵩を殺害して逃走する。

その他

公孫瓚(こうそんさん)

公孫サン後漢末期の武将。白馬義従を率い、河北の支配権を巡って袁紹(えんしょう)と激戦を繰り広げる。

呂伯奢(りょはくしゃ)

呂伯奢曹操の知人。逃亡中の曹操と陳宮を匿うが、曹操に殺される。

馬騰(ばとう)

馬騰反董卓軍に参加した武将。曹操暗殺を図る。

韓馥(かんふく)

韓馥反董卓連合軍に参加。公孫瓚を恐れている。

DVD








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