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領土の拡張 52.アメリカ合衆国の発展 アメリカ合衆国の領土拡張地図
アメリカ合衆国の領土拡張地図 ©世界の歴史まっぷ

52.アメリカ合衆国の発展

  • 1. アメリカの西部開拓
  • 2. アメリカの領土拡張
  • 3. 奴隷制と南北対立激化
  • 4. 南北戦争
  • 5. 西部の開拓と工業の発展

52.アメリカ合衆国の発展

1. アメリカの西部開拓

合衆国は独立後中立外交政策をとったが、ナポレオン戦争中イギリスの通商妨害に対抗して1812年にアメリカ=イギリス戦争をおこした。この戦争は合衆国の経済的自立を強めるとともに、国民意識の高揚をもたらした。合衆国は広大な未開の地、西部の開拓を進めていった。西部開拓は豊かな国内市場を産業資本に提供するとともに、民主政治の発達を促した。普通選挙制の進んだ西部を背景に、1828年、ジャクソンが大統領に当選すると、種々の民主的改革を行なった。しかし、その一方、北アメリカの先住民は白人に脅迫され、ジャクソン大統領時代の1830年、強制移住法によりミシシッピ川以西に設定した保留地に追いやられ、その土地を白人に奪われた。

2. アメリカの領土拡張

アメリカ合衆国の領土拡張地図
アメリカ合衆国の領土拡張地図 ©世界の歴史まっぷ

黄緑:13植民地, 肌:パリ条約によりイギリスより獲得, 薄緑:1803年ジェファソン大統領がフランスのナポレオンより買収, 橙:1819年スペインより買収, 紫:メキシコ領内に入植したアメリカ人が1836年独立宣言し45年合衆国に併合, 桃:1848年アメリカ=メキシコ戦争により獲得

3. 奴隷制と南北対立激化

西部開拓による新州の成立にともなって、南部と北部は、その州に奴隷制を認めるかどうかで対立した。1820年のミズーリ州の昇格問題についてはミズーリ協定が結ばれて、この対立は一時おさまった。しかし、1854年の自由州・奴隷州の選択の自由を住民に委ねたカンザス・ネブラスカ法が制定されると、南北の対立は再燃した。合衆国のこうした南北の対立の背景には、経済・貿易政策に関する政治上の対立があった。南部はもともと黒人奴隷によるヨーロッパ向けの綿花・タバコを栽培するプランテーションが存在しており、奴隷制と自由貿易論が強く、一方、工業地帯の北部は、工業育成のため保護関税政策を強く主張し、人道的立場から奴隷制に反対した。カンザス・ネブラスカ法は奴隷制拡大を企図したもので、北部ではこの方が提出されると奴隷制拡大反対をとなえ、共和党が結成された。

また、その頃、女性作家ストウ夫人は人道主義の立場から『アンクル=トムの小屋』を著し、奴隷制の害悪を描いて広く世論を動かした。

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4. 南北戦争

南北対立と南北戦争時のアメリカ地図
南北対立と南北戦争時のアメリカ地図 ©世界の歴史まっぷ

1860年、北部を地盤とする共和党のリンカンが大統領に当選すると、南部諸州は連邦を離脱し、翌61年ジェファソン=デヴィスを大統領にアメリカ連合国を結成し、ここに南北戦争がはじまった。初めてリー将軍率いる南軍が有利であったが、リンカン大統領は1862年のホームステッド法により西部農民の支持をえ、さらに1863年に奴隷解放宣言を発して内外の世論を味方につけ、1865年には南部の首都リッチモンドを占領して勝利をおさめ、合衆国は再び統一された。

5. 西部の開拓と工業の発展

南北戦争後、合衆国は北部産業資本による国民統一国家が成立し、南部の大地主は没落して、経済的に北部に従属するようになった。また黒人問題については、合衆国憲法が修正され、黒人に市民権・選挙権が与えられて黒人の地位は向上したが、土地の分配は行われず、黒人の経済的貧困は変わらなかった。一方、合衆国の重工業は、1869年に東部と太平洋岸を結ぶ大陸横断鉄道が完成したこともあって、急激な発展をとげ、1880年代にはイギリス・ドイツを抜いて世界一の工業国となった。この重工業の発展を支えた労働力は、東欧や南欧からの移民であった。1890年にはフロンティアの消滅が宣言された。

参考

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