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5世紀頃の内陸アジア地図

地名:内陸アジア, 柔然, ササン朝, エフタル, グプタ朝, 宋, 北魏, サマルカンド, クテシフォン, 洛陽, 高句麗, 敦煌, 酒泉, 建康, 亀茲, 于闐, 疏勒, 百済, 加羅, 新羅, パータリプトラ

5世紀頃の内陸アジア地図

主要王朝

ササン朝

ササン朝 – 世界の歴史まっぷ

中央アジア

匈奴が衰えたあとのモンゴル高原では、3世紀の半ば以降、モンゴル系またはトルコ系の鮮卑が有力となり、五胡のひとつとして華北に建国するにいたった。慕容部のたてた前燕・後燕・卓抜部のたてた北魏(中国北部を統一する)などがその例である。
こうして鮮卑が中国北部に移動したため、かわって5世紀のモンゴル高原では、モンゴル系の柔然が有力となった。
同じころ、中央アジアではトルコ系またはイラン系の遊牧民エフタルが強大となった。エフタルは、西北インドにも侵入してグプタ朝を圧迫し、「フーナ(白いフン)」と呼ばれて恐れられた。

中国南北朝時代

南北朝時代(中国) – 世界の歴史まっぷ

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5世紀頃の内陸アジア地図
5世紀頃の内陸アジア地図 ©世界の歴史まっぷ

参考

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山川世界史総合図録


更新履歴
2018/01/16 宋(南朝)→宋 に修正しバージョン1.2に更新しました。

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