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アメリカ独立宣言 独立戦争の開始と独立宣言 アメリカ独立戦争 45.アメリカ独立革命
独立宣言への署名(ジョン・トランブル画/アメリカ合衆国議会議事堂蔵)©Public Domain

45.アメリカ独立革命

  • 1. 13植民地の成立
  • 2. 植民地の反抗
  • 3. 独立戦争
  • 4. 独立達成と憲法制定
  • 5. 17世紀のアメリカ大陸

45.アメリカ独立革命

1. 13植民地の成立

北米の東部海岸に建設されたイギリス植民地は、1607年のヴァージニア植民地に始まり、1732年のジョージア植民地を最後に13の植民地が形成された。なかでもプリマス植民地は、1620年に信仰の自由を求めて渡米してきたピューリタンの一団(ピルグリム=ファーザーズ)によって建設された。13の植民地はそれぞれの設立の事情・宗教・経済などは異なっていたが、植民地議会を設置し、自治制度を発達させ、自主・独立の精神に富んでいた。北部では自営業・商工業が、南部では黒人奴隷を使用してタバコ・米・藍などを栽培するプランテーションが盛んであった。

13植民地地図
13植民地地図 ©世界の歴史まっぷ

2. 植民地の反抗

七年戦争(フレンチ=インディアン戦争)後、イギリス本国は戦費や植民地警備費の増大による財政難をきりぬけるため、植民地への重商主義政策を強化した。植民地はこの本国の態度を自治の侵害と感じ、1765年の印紙法に対して「代表なくして課税なし」をスローガンに抗議して、これを撤回させた。1773年、本国は茶法を制定して茶の独占販売権を東インド会社に与えたため、植民地側は反発し、ボストン茶会事件をひきおこした。これに対して本国はボストン港閉鎖などで植民地に圧迫を加えたので、各植民地の代表は1774年、フィラデルフィアで第1回大陸会議を開き本国に抗議した。

3. 独立戦争

1775年、レキシントンとコンコードで武力衝突がおこった。植民地側はただちに第2回大陸会議を開きジョージ=ワシントンを総司令官に任命して戦闘態勢を整えた。このような情勢のなかで独立戦争を支持・推進する愛国派の指導権が確立されていった。また76年初めに出版されたトマス=ペインの『コモン=センス』は独立の機運を盛り上げるのに大きな影響を与えた。1776年7月4日、愛国派の結集と外国の支援を期待してトマス=ジェファソンの起草による独立宣言が発表された。この宣言は哲学者ジョン・ロックの思想的影響を強く受け、人間の自由・平等・専制に対する抵抗の正当性を主張したもので、フランスの人権宣言とともに、近代民主政治の基本原理を述べたものである。1777年、13植民地はアメリカ合衆国 (USA) の成立を宣言した。独立軍はジョージ=ワシントンの指揮下に善戦した。ベンジャミン=フランクリンの外交によって、イギリスと対立していたフランス・スペインが独立を支持して参戦し、北欧諸国も武装中立同盟を結んでイギリスを孤立させたため、独立軍は1781年のヨークタウンの戦いで決定的な勝利をおさめた。1783年、イギリスはパリ条約でアメリカの独立を承認し、ミシシッピ川以東のルイジアナを合衆国に割譲した。

4. 独立達成と憲法制定

ブルジョワの間から強力な中央政府を望む声が強まり、1787年にフィラデルフィアでの憲法制定会議で合衆国憲法が採択された。これは連邦主義三権分立を特色とし、人民主権を示す世界最初の成文化された近代憲法であった。連邦主義を推進したのは中央政府の権限強化を志向する連邦派で、これに反対したのは各州の主権を認める反連邦派であった。しかし両派は妥協し、1789年、連邦政府が発足しジョージ=ワシントンが初代大統領に就任した。

大西洋革命図
大西洋革命図 ©世界の歴史まっぷ

アメリカの建国は旧来の身分制度をこえた共和政の大国の誕生であり、絶対王政の多かったヨーロッパ諸国に衝撃を与えた。しかし国内においては、黒人奴隷制は継続され、先住民は武力で抑圧されるなど、彼らの権利はほとんど無視された。アメリカ独立革命を、フランス革命やラテンアメリカ諸国の独立などとともに、大西洋をはさんで18世紀後半から19世紀初めにおこった「大西洋革命」として、一括してとらえる見方もある。

5. 17世紀のアメリカ大陸

スペイン継承戦争終了時(1713年 ユトレヒト条約)と七年戦争終了時(1763年パリ条約)のアメリカ大陸における列強の版図

北アメリカ植民地の遍歴地図
北アメリカ植民地の遍歴地図 ©世界の歴史まっぷ

参考

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