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38.ヨーロッパ主権国家体制の形成 ウェストファリア条約
ミュンスター条約締結の図(ヘラルト・テル・ボルフ画/アムステルダム国立美術館蔵)©Public Domain
38.ヨーロッパ主権国家体制の形成

  • 1.主権国家体制の起点となったイタリア戦争
  • 2.宗教戦争と主権国家体制の形成
  • 3.三十年戦争と主権国家体制の確立

38.ヨーロッパ主権国家体制の形成

1.主権国家体制の起点となったイタリア戦争

1494年、フランスがイタリアに侵入すると、ハプスブルク家がこれに対応し、イタリア戦争がおこった。対立はイタリア内外の国々や教皇、オスマン帝国まで巻き込んで続いた。
特にカール5世(神聖ローマ皇帝)フランソワ1世(フランス王)の頃には絶えず外交工作をこらし、同盟関係を複雑に展開しながら激しく戦った。
ニッコロ・マキャヴェリがイタリアの分立・抗争をみて『君主論』のなかで君主権の強化と手段を論じたのもこの頃である。長期にわたった戦争は、1559年、カトー・カンブレジ条約で終わった。
戦争中、複雑な外交的駆け引きがくりかえされるなかで、外交官の交換とその常駐などのルールが形成され、教皇・皇帝といえどもイタリア諸国家・フランス・イギリスなどと同列の自律的な主権者の一員にすぎなくなった。こうした国家間に形成された新たな国際秩序を主権国家体制といい、イタリア戦争はその起点となった。

2.宗教戦争と主権国家体制の形成

宗教改革は全ヨーロッパ的なキリスト教世界の秩序を根本から揺るがせ、各国・各地域で宗教内乱や宗教戦争が激化した。各国はこうした混乱を乗り越え、国家としてのまとまりを維持しなければならなかった。

フランスではユグノー戦争でのサンバルテルミの虐殺後に、ユグノー側は虐殺を行い暴君と化した王権に対する抵抗の論理として「暴君放伐論」をかかげ、国外の新教勢力の支援をあおいだ。

他方、急進派カトリックも大国スペインと結び対抗したため、外国の介入が加わり、フランスは混乱をきわめた。混乱のなかで穏健カトリックを中心とする人々(ポリティーク派)は、外国の介入に危機感をもち、王権強化による秩序の回復を求めた。ポリティーク派の思想家ジャン・ボダンは『国家論』のなかで「主権とは国家の絶対的・恒久的な権力で、国王が主権をもつ」と説き、教皇や皇帝の普遍的支配権を否定した。

ドイツの宗教対立は、1555年のアウクスブルクの和議により一応の終結をみたが、皇帝は宗教問題に関する裁定権を失い、かわって領邦諸侯が領内の教会の保護支配権を掌握することとなった(領邦教会制度)。

また、オランダ独立戦争もスペインのカトリック強制に対しての宗教戦争ではあるが、周辺諸国が強国スペインを中心とする国際関係のなかで政治的に動いていることを理解すべきである。このように宗教戦争は、主権国家の形成を促進する起爆剤としての役割を果たしたのである。

3.三十年戦争と主権国家体制の確立

三十年戦争は外国勢力も介入した大規模な戦乱となり、最後にして最大の宗教戦争といわれた。しかし、他方で帝国の国制をめぐる政治的思惑によって諸侯勢力が合従連衡がっしょうれんこうをくりかえし、カトリック国フランスが反ハプスブルクの立場から新教徒側で参戦したように、国家的利害が宗教的行動原理に優先するようになり、覇権をめぐる国際戦争へと戦争の性格が変化した。

三十年戦争はウェストファリア条約で終結したが、条約が、大半のヨーロッパ諸国が参加した国際会議でまとめられたことは、ヨーロッパ主権国家体制の確立を示すものであった。

ドイツ領邦諸侯にもほぼ完全な主権が認められ、以後、各領邦は独自の国家建設に進み、神聖ローマ帝国形骸化が決定した。三十年戦争の惨禍さんかをみたオランダの法学者フーゴー・グロティウスは『戦争と平和の法』で主権の最高性や独立性を主張する国家相互の守るべき国際法を提唱した。

主権国家が形成された時期は、宗教戦争をはじめとして恒常的な緊張状態にあった。戦争の恒常化と長期化・大規模化は武器や戦術の進歩をうながし、軍隊の制度に大きな変化をせまることになった。傭兵軍の時代から常備軍の強化が必要な時代となり、軍事行政は国家の独占となった。

常備軍の維持は恒常的な税収入が確保されてはじめて可能になる。そこで、財政機構を中心に官僚制をそなえた行政組織を整備し、国内の統一的支配を強める必要が生じ、支配領域を国境でかこい込み、国外に対しては君主のみが主権者として国を代表する体制を築くようになった。こうした国家を主権国家という。

さらに、各国は自領域内への排他的な権力(主権)の行使を相互に承認しあい、国際社会の対等な構成員として、外交官を交換しあうなど共存のための国際慣行を積み重ねていった。こうして形成された新たな国際秩序は主権国家体制と呼ばれ、現代まで続くこととなる。

主権国家の形成期に、スペイン・イギリス・フランスなどで絶対王政と呼ばれる強力な国王統治体制が生まれた。しかし、貴族などはまだ力を残していたので、国王は彼らに免税などの特権を認める一方、商人や金融業者などの新興の有産市民層(ブルジョワジー)との協力関係を深め、双方のバランスの上に強い王権を築こうとした。

参考

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主権国家と絶対王政のしくみ図

主権国家と絶対王政のしくみ図
主権国家と絶対王政のしくみ図 ©世界の歴史まっぷ
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