蜀漢 孫呉 曹魏 三国時代(中国) 楽浪郡 3世紀の東アジア地図 3世紀の東アジア
3世紀の東アジア地図 ©世界の歴史まっぷ

3世紀の東アジア 地図

地名:黄河, 長江, 高句麗, 濊, 馬韓, 辰韓, 弁韓, 帯方郡, 楽浪郡, 匈奴, 烏桓, 鮮卑, 魏, 蜀, 呉, 倭, 建業, 洛陽, 長安, 成都, 遼東

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三国時代

三国時代は、中国の時代区分の一つ。広義では黄巾の乱の蜂起(184年)による漢朝の動揺から、西晋による中国再統一(280年)までを指す。
狭義では後漢滅亡(220年)から晋が天下を統一した280年までを指す。最狭義では三国が鼎立した222年から蜀漢が滅亡した263年までを指す。
229年までに魏(曹魏)(初代皇帝:曹丕)、蜀(蜀漢)(初代皇帝:劉備)、呉(孫呉)(初代皇帝:孫権)が成立、中国国内に3人の皇帝が同時に立った。三国時代については、陳寿が著した『三国志』、明代に書かれた『三国志演義』および、さらに後世の三国時代を扱った書物によって、広く知られている。

原三国時代

紀元前108年に楽浪郡が置かれ、百済・新羅が国家としての体裁を整える4世紀中頃までの朝鮮半島の事を差す。
楽浪郡から中国の文化を受容し、三韓(馬韓・弁韓・辰韓)が国家としての体裁を整えていく過程の時代である。
原三国時代と言う言葉が使われ出したのは1972年頃からでそれ以前は金海時代などと呼ばれていた。

倭国とは、古代の中国の諸王朝やその周辺諸国が、当時日本列島にあった政治勢力、国家を指して用いた呼称。倭国および倭国王の勢力範囲に関しては諸説ある。7世紀後半に、対外的な国号を日本に改めている。倭人は紀元前2世紀頃から『漢書』地理志などの史料に現れている。

『三国志』魏書東夷伝倭人条、いわゆる魏志倭人伝には邪馬台国をはじめ、対馬国、一支国、末盧国、伊都国、奴国、黒歯国などの諸国についてかなり詳細な記述がみられる。邪馬臺國王卑弥呼も北朝である魏の国に朝貢し親魏倭王の称号を授かった。

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参考

新詳日本史―地図資料年表


更新履歴
2018/01/15 馬韓52国から馬韓50国に修正、色調整しバージョン1.2へ更新。