1945年世界地図 (第二次世界大戦終戦直後の世界と植民地)

1945年世界地図
1945年世界地図 ©世界の歴史まっぷ
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1945年世界地図 (第二次世界大戦終戦直後の世界と植民地)

植民地主義とは、国家主権を国境外の領域や人々に対して拡大する政策活動と、それを正当化して推し進める思考を指す。
政策活動に際しては、資源、労働力、そして市場を経済的に支配することが原動力となる。さらに、植民地主義を正当化するのは、植民者が被植民者より優れており、また、植民地支配はその近代化に必須の経済基盤・政治基盤を発展させることに繋がるので、被植民者にとって利益になるのだという考え方である。
こうした植民地主義の体制が綻びを見せるのは第二次世界大戦後のことである。大戦に勝利した連合国側の列強も戦争によって非常に疲弊した状態となっており、植民地を押さえつける力は失われつつあった。こうして脱植民地化の動きが加速していった。
1945年の大戦終結以降数年の間に、インドをはじめとして南アジアや東南アジアで多くの植民地が独立していった。次いで、アフリカ大陸でも急速に独立国家が増加していった。1956年のガーナ独立を皮切りに、1960年にはフランス植民地13か国を中心とした17カ国が一気に独立を果たし、アフリカの年と呼ばれるようになった。
1960年代後半になると、ポルトガルを除く欧州諸国はほぼアフリカ大陸から撤退していた。のこるポルトガルも1974年のカーネーション革命によって植民地の独立容認に転換し、1975年にはポルトガル領植民地のほぼすべてが独立を果たした。1970年代に入ると、いまだ植民地の残っていたオセアニアおよびペルシャ湾岸、小アンティル諸島においても独立が急速に進んだ。

Wikipediaより

第二次世界大戦 直後 植民地 世界地図

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第二次世界大戦後の国境

ビッグスリーの、ヨシフ・スターリン、フランクリン・ルーズベルト、ウィンストン・チャーチルによる首脳会議の結果、戦後のヨーロッパの国境が決定された。

  • ソビエト連邦: バルト諸国、ポーランド領維持
  • ポーランド: 旧ドイツ領の一部を占領
  • ドイツ・オーストリアの分割: アメリカ合衆国、ソビエト連邦、イギリス、フランスが占領
  • アフリカの旧イタリア 植民地 : イギリス、フランスが占領
  • 日本: アメリカ合衆国が占領
  • 朝鮮半島 旧日本領の分割: アメリカ合衆国、ソビエト連邦が占領
  • 日本領サハリンの半分および北方四島: ソビエト連邦が占領
  • 満州から日本軍を駆逐したソビエト軍は、中国共産党の人民解放軍による満州進出を助けるため占領を続けた。
第二次世界大戦後期のできごと
  • 1943年1月14日〜 カサブランカ会談
  • 1943年5月13日 北アフリカの枢軸国軍降伏
  • 1943年7月9日〜 連合軍 シチリア島侵攻
  • 1943年7月25日 イタリア王国首相 ベニート・ムッソリーニ失脚
  • 1943年7月5日 プロホロフカの戦い
  • 1943年11月28日〜 テヘラン会談
  • 1944年4月17日〜 日本 大陸打通作戦
  • 1944年6月6日  ノルマンディー上陸作戦
  • 1944年6月22日〜 バグラチオン作戦
  • 1944年6月26日〜 サンフランシスコ会議
  • 1944年8月1日〜 ワルシャワ・ゲットー蜂起
  • 1944年10月23日〜 レイテ沖海戦
  • 1945年2月4日〜 ヤルタ会談
  • 1945年5月7日〜 ドイツ降伏
  • 1945年7月17日〜 ポツダム会談
  • 1945年8月7日〜 広島市への原子爆弾投下
  • 1945年8月8日〜 ソ連対日宣戦布告
  • 1945年8月9日〜 長崎市への原子爆弾投下
  • 1945年8月10日〜 朝鮮半島 38度線を境にに分割
  • 1945年8月14日 日本降伏 第二次世界大戦終結
参考

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