12世紀のアジア地図
地名: アジア, 渭水, 長江, インダス川, カスピ海, ガンジス川, イラワジ川, 黄河, アム川, シル川, メコン川, バイカル湖, アラル海, バルハシ湖, オイラート, ナイマン, ジャライル, モンゴル, ブルカン山, タタール, オングート, ケレイト, インド洋, ペルシャ湾, アラビア海, 南シナ海, 東シナ海, 太平洋, ベンガル湾, 黄海, 臨安, 汴, 開封, 中京大定府, 中都大興府, 上京会寧府, タンジョール, ハレンバン, ヴィジャヤ, 福州, 明州, 上海, 大宰府, 京都, カナウジ, イスファハーン, 昇竜, カリヤーニ, ベラサグン, ラサ, ブラハ, ゴール, コータン, ジェンド, ウルゲンチ, サマルカンド, パガン, アンコール, アンコール・ワット, クディリ, ボロブドゥール, 広州, 泉州, 景徳鎮, 成都, 敦煌, 沙州, カラホト, 揚州, 開城, 慶州, 帰徳, カシュガル, 興慶, 高昌, 大理, 大理, 南宋, 吐蕃, ゴール朝, ホラズム, チャールキア朝, チョーラ朝, チャンパ, 占城, アンコール朝, 日本, パーラ朝, シュリーヴィジャヤ, クディリ朝, 大越, 西遼, カラ・キタイ, 西夏, 金朝, 高麗, セルジューク朝, パガン朝, 靖康の変

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12世紀のアジア地図
12世紀のアジア地図 ©世界の歴史まっぷ

12世紀の東アジアのできごと

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東アジア世界の形成と発展 ©世界の歴史まっぷ

中国

中国では、遼に服属していた女真が指導者完顔阿骨打により独立し金が建国された。金はその10年後には遼および北宋を滅ぼし北半を征服、新たに再興した南半を制する南宋と対峙することになる。

靖康の変

1126年、宋(北宋)が、女真族を支配層に戴く金に敗れて、中国史上において政治的中心地であった華北を失った事件。

日本

平安時代後期から鎌倉時代最初期にあたる。
天皇家・摂関家を巻き込む政争「保元の乱」「平治の乱」により武士の政治的地位が上昇した。両乱で活躍した平清盛の打ち立てた平氏政権が栄えたが、治承・寿永の乱(源平合戦)における最終決戦「壇ノ浦の戦い」で源氏を筆頭とする勢力が勝利し平家が滅亡したことにより、源氏の頭領源頼朝による新たな武家政権である鎌倉幕府の成立に至る。

西アジア

十字軍に対するイスラムの反撃が始まり、1144年にエデッサが陥落する。これを受け、第2回十字軍がシリアのダマスカスを攻撃したが、敗退した。
1187年、アイユーブ朝のスルタン、サラーフッディーンによりエルサレム王国軍が壊滅し(ヒッティーンの戦い)、約90年ぶりにエルサレムがイスラム側によって奪還された。この事件は第3回十字軍遠征(1189年-1192年)に発展したが、イングランドとフランス、そして神聖ローマ帝国の十字軍は薄く延びる沿岸地域の奪還にとどまった(ただし、休戦協定によりキリスト教徒のエルサレム巡礼の自由は保証された)。

Wikipediaより

参考

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