MENUMENU

11世紀後半のイスラーム世界地図

北インド, 中央アジア, イラン, イラク, 小アジア, アラビア, エジプト, イベリア, ムハンマド時代, 正統カリフ, ウマイヤ朝, ホラズム朝, アッバース朝, イスラーム帝国, アラブ帝国, 後ウマイヤ朝, ブワイフ朝, サーマーン朝, カラハン朝, ガズナ朝, セルジューク朝, ファーティマ朝, ゴール朝, ムラービト朝, アイユーブ朝, ムワッヒド朝, ナスル朝, マルムーク朝, オスマン帝国, ティムール朝, デリー・スルターン朝, チャガタイ・ハン国, イルハン朝, ルーム・セルジューク朝, マラズギルトの戦い, メディナ, メッカ, トレド, コルドバ, グラナダ, フェズ, マラケシュ, カイロ, エルサレム, チュニス, コンスタンティノープル, ニケーア, コニヤ, アレッポ, ダマスクス, バグダード, サマーラ, アンカラ, イスファハーン, ゴール, ガズナ, ラホール, ヘラート, ニーシャープール, ロ―マ, タブリーズ, メルヴ, ホータン, デリー, カナウジ, ベラサグン, ジェンド, ウルゲンチ, カシュガル, サマルカンド, ナイル川, インダス川, シル川, アム川, チベット高原, 地中海, 大西洋, 黒海, アラビア海, ペルシア湾, 紅海, カスピ海, アラル海, バルハシ湖, キリスト教系諸国, 東ローマ帝国, ウイグル, ヒンドゥー系諸王国, ルーム・ノルマン公領, 小アルメニア

11世紀後半のイスラーム世界地図

11世紀後半のイスラーム世界地図
11世紀後半のイスラーム世界地図 ©世界の歴史まっぷ

11世紀後半のできごと

  • 1061年 – 東ローマ皇帝ミカエル6世ストラティオティコスが政変で廃位され、イサキオス1世コムネノスが皇帝となる。
  • 1062年 – ムラービト朝のユースフ・イブン・ターシュフィーンにより都マラケシュが造営される。
  • 1063年
    • 北宋で仁宗が死去し、従兄弟の子が即位し英宗となり、濮議が起こる。
    • 吐蕃の禹蔵花麻が西夏に帰属する。
  • 1064年 – セルジューク朝が東ローマ領となっていたアルメニアを占領。
  • 1066年
    • イングランドでエドワード懺悔王(証聖王)が死去、ハロルド2世が即位。
    • スタンフォードブリッジの戦い。
      • ノルウェー王ハーラル3世がイングランド王位を請求して、この戦いでハロルド2世に敗北。
    • ヘースティングスの戦い。
      • ノルマンディー公ギヨームがハロルド2世を倒しイングランド制圧、ウィリアム1世として即位(ノルマン・コンクエスト)。
      • ノルマン・コンクエストを描いた「バイユーのタペストリー」にはこの年に接近したハレー彗星も描かれている。
  • 1067年 – チューリンゲン方伯がヴァルトブルク城を築く。
  • 1068年 – 後冷泉天皇が崩御し、後三条天皇が即位。
  • 1069年 – 北宋で王安石の改革が始まり、制置三司條例司が設置される。
    • この改革で「熙寧新法」と呼ばれる青苗法(1069年)・市易法(1072年)・募役法(1070年)・その他が施行される。
  • 1070年
    • 東チャールキヤ王クロトゥンガがクロトゥンガ・チョーラ1世として即位、東チャールキヤ朝がチョーラ朝を継ぐ形で合併される。
    • スリランカで国王ウィジャヤバーフ1世がチョーラ朝勢力を追放する。
    • ノルウェー国王オーラヴ3世ヒッレが交易都市ベルゲンを建設する。
  • 1071年
    • マンツィケルトの戦い。
      • 東ローマ皇帝ロマノス4世がセルジューク朝スルタンのアルプ・アルスラーンに大敗し捕虜となる。
      • ロマノス4世の廃位により東ローマ皇帝ミカエル7世ドゥーカスが即位。またこれ以後小アジアにトルコ人が定住し始める。
    • 東ローマ帝国のイタリア最後の拠点バーリがノルマン人に征服される。
    • ムラービト朝のユースフ・イブン・ターシュフィーンが新都マラケシュを建設する。
  • 1073年 – 後三条天皇が崩御し、白河天皇が即位。
  • 1074年
    • 藤原頼通が死去、上東門院彰子が死去。
    • セルジューク朝のマリク・シャーが都をエスファハーンに定める。
  • 1075年
    • ミラノの大火で聖堂が焼失し、その混乱に乗じてパタリア運動の指導者エルレンバルドゥスが暗殺される。
    • ヴェネツィア元首ドメニコ・セルヴォと東ローマ帝国皇女テオドラの結婚。
    • 北宋と李朝大越との戦い( – 1076年)。
  • 1076年
    • 白河天皇が法勝寺(六勝寺の最初)を建立する。
    • セルジューク朝がファーティマ朝からエルサレムを奪う。
    • ムラービト朝がガーナ王国を滅ぼす。
  • 1077年
    • カノッサの屈辱で、教皇グレゴリウス7世が神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世の破門を解除。
    • ルーム・セルジューク朝が成立。
    • アルフォンソ6世によるサンチアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂建設が始まる( – 1211年)。
  • 1078年
    • 東ローマ皇帝ミカエル7世が政変で退位し、ニケフォロス3世が即位。
    • イングランド王ウィリアム1世がロンドンに要塞を建設する(ロンドン塔の始まり)。
  • 1079年 – 蘇軾が「湖州謝表」(『東坡烏台詩案』所収)の筆禍事件で黄州に追放される。
  • 1080年
    • 北宋の神宗による元豊の改革。
    • ブリクセン教会会議で、皇帝ハインリヒ4世が教皇グレゴリウス7世を廃位し、対立教皇クレメンス3世を擁立。
    • ルーベンによりキリキア・アルメニア王国が建国される。
  • 1081年
    • 北宋に拂菻国王滅力伊霊改撒の使者が到着する。
      • 滅力伊霊改撒は東ローマ皇帝ミカエル7世かニケフォロス3世を指すと考えられる。
    • 東ローマ皇帝ニケフォロス3世が反乱により退位させられ、アレクシオス1世コムネノスが即位。
      • コムネノス朝が始まり、軍事貴族の土地所有権・徴税権を大幅に認めるプロノイア制が拡がる。
  • 1082年
    • 東ローマ皇帝アレクシオス1世が金印勅書でヴェネツィアへの免税特権を認める。
    • 戒覚が北宋に渡り皇帝神宗から紫衣を賜与される。
  • 1083年 – 後三年の役( – 1087年)。
  • 1084年
    • 教皇グレゴリウス7世がロベルト・イル・グイスカルドに救出され南イタリアのサレルノに亡命。翌1085年にその地で客死。
    • ケルンのブルーノがグランド・シャルトリューズを設立(カルトジオ会の創設)。
    • 司馬光が『資治通鑑』を完成させる(1065年 – )。
  • 1085年
    • カスティリア王アルフォンソ6世によるトレド征服。
    • プシェミスル家のヴラチスラフ2世が初代のボヘミア王に選ばれる。
    • イングランド王ウィリアム1世により「ドゥームズデイ・ブック」が作成される。
    • 北宋で神宗の死去により哲宗即位。宣仁太后が摂政となり旧法党が復権(元祐更化 – 1093年)。
  • 1086年
    • 北宋で王安石・司馬光が相次いで死去。
    • 白河天皇が第73代堀河天皇に譲位し、上皇として院政を開始し鳥羽離宮を造営。
    • サグラハスの戦いでムラービト軍がカスティリア王アルフォンソ6世を破る。
    • セルジューク朝の君主マリク・シャーと宰相ニザーム・アルムルクによりエスファハーンのジャーメ・モスク南ドームが着工される。
  • 1087年 – ジェノヴァとピサの艦隊がズィール朝の都マフディーヤを占領する。
  • 1088年頃 – ボローニャ大学が創建される。
  • 1090年
    • ニザール派指導者のハサン・サッバーフがアラムート要塞を占領する。
    • カスティーリャ王アルフォンソ6世の娘婿ラモン・デ・ボルゴーニャによりアビラの城壁が建設される。
  • 1090年頃 – ヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂が完成する(1063年 – )。
  • 1091年 – マリツァ川の戦いで、ポロヴェツ族にペチェネグ族が敗北し、部族集団が壊滅。
  • 1092年 – セルジューク朝宰相ニザーム・アルムルクが暗殺される。セルジューク朝君主のマリク・シャーが病没。
  • 1093年 – 北宋で宣仁太后の死去により哲宗の親政が始まり、新法党が復権(紹聖の紹述 – 1100年)。
  • 1094年
    • ファーティマ朝カリフのムスタンスィルの死去により、ムスタアリーがカリフとなり兄弟のニザールは廃嫡される。
    • エル・シッドがバレンシアをイスラム教徒から奪回する。
  • 1095年 – ローマ教皇ウルバヌス2世によるクレルモン教会会議。
    • セルジューク朝の攻撃を受けていた東ローマ皇帝アレクシオス1世の救援要請を受け、対イスラム教徒戦への参加を呼びかける。
  • 1096年
    • 第1回十字軍出発。民衆十字軍壊滅。
    • ドイツ・ラインラント各地でユダヤ人虐殺が発生。
      • 逃亡したユダヤ人の多くはポーランド公ヴワディスワフ1世ヘルマンのもとで庇護される。
    • 掖庭の獄。
    • 永長の大田楽。
  • 1097年 – 北宋で洛獄・同文館の獄が相次いで起こる。
  • 1098年
    • ノルウェー王マグヌス3世(裸足王)がオークニー諸島・マン島・ヘブリディーズ諸島を占領しスコットランドを屈服させる。
    • モレームのロベールがシトー修道院を設立(シトー会の創設)。
    • 十字軍のアンティオキア占領。これに乗じてファーティマ朝がセルジューク朝からエルサレム奪還。
  • 1099年 – エルサレム攻囲戦で十字軍がファーティマ朝に勝利し占領。エルサレム王国成立。
    • この時期までにアンティオキア公国・トリポリ伯国・エデッサ伯国など十字軍国家が成立する。
  • 1100年 – 北宋で哲宗の死去により徽宗即位。欽聖太后が摂政となり新法・旧法両党から登用し融和を促す( – 1101年)。

Wikipediaより

参考

created by Rinker
¥6,404 (2019/03/23 21:01:53時点 Amazon調べ-詳細)
MENUMENU