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11世紀の東アジア地図

地名:東アジア, インド洋, 南シナ海, 東シナ海, 太平洋, ベンガル湾, 上京臨潢府, 東京遼陽府, 中京大定府, 南京析津府, 西京大同府, タンジョール, ハレンバン, ヴィジャヤ, 福州, 明州, 大宰府, 平安京, 檀州, カナウジ, 大羅, 昇竜, カリヤーニ, ベラサグン, サマルカンド, ブラハ, ラサ, ラホ―ル, コ―タン, ジェンド, ガズナ, バガン, アンコ―ル, アンコール・ワット, マタラム, クディリ, ボロブドゥ―ル, 広州, 泉州, 景徳鎮, 成都, 敦煌, 沙州, カラホト, 開封, 上海, 揚州, 開城, 慶州, 慶陵, カシュガル, 興慶, 高昌, 大理, キルギス, ナイマン, オルドス, モンゴル, タタール, 女真, 燕雲十六州, 北宋, カラハン朝, プラティハーラ朝, チャールキア朝, チョーラ朝, チャンパ, 占城, 日本, パーラ朝, シュリーヴィジャヤ, クディリ朝, 李朝大越国, ウイグル, 回鶻, 西夏, 遼, 契丹, 高麗, ガズナ朝, パガン朝, アンコール朝

11世紀の東アジア地図

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11世紀の東アジア地図
11世紀の東アジア地図 ©世界の歴史まっぷ

11世紀のできごと

東アジア・東南アジア

東南アジア、南インドでは、1025年を境にシュリーヴィジャヤ王国の衰退と、チョーラ朝、クディリ王国が全盛を極めた。
東アジアでは、北宋の経済的繁栄は続くものの、遼や西夏への歳幣の負担と社会的格差の進行が重くのしかかり、王安石の改革が始まった。

北宋 – 世界の歴史まっぷ

日本

日本では平安時代中期から後期の初めにあたる。院政の開始以降を中世に区分する場合がある。
11世紀の前半から中葉にかけては、藤原北家による摂関政治が全盛を極めたが、地方では国司苛政上訴が行なわれ、小領主の有力武士が台頭していた。
名目的な寄進荘園に課税するなど税の公平さを保つために荘園整理令が行なわれたが、反面ここで公認された荘園はそれまでの公田の中に税の取得権が荘園領主にある農地が散在した形態から一円領域化してまとまった経営領域と化し、国衙に納税する公領と対等の権利主体としての地位を獲得する。
ここで荘園と公領の領域などを巡る武力紛争が多発する事態となり、双方の現地管理人として武力紛争への対応能力のある武士が任命されることが多くなり、武士の在地領主化が進行した。11世紀の後半になると藤原氏の力が及ばない後三条天皇の親政が契機となり、院政がはじまった(院政時代)。
院政は受領が紛争当事者となることで調停不能になった荘園公領間の紛争の調停者として権力を高め、また院自らも荘園領主として広大な荘園を集積した。
こうして荘園と公領が併存して地方社会の統治単位となる荘園公領制はこの院政期を通じて発展していくことになる。

Wikipediaより

遺跡

アンコール・ワット
アンコール・ワット 11世紀の東アジア地図
アンコール・ワット(上空から) Source: Wikipedia
ボロブドゥール遺跡
ボロブドゥール遺跡 11世紀の東アジア地図
ボロブドゥール遺跡 photo credit: G · RTM Stupa bokeh, Central-Java, 20160919 via photopin (license)

参考

詳説世界史研究

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