古代エジプト美術 ハトシェプスト女王葬祭殿
象形文字の装飾 @Wikipedia

古代エジプト美術

芸術

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古代エジプト美術
紀元前3000年から始まったエジプト第1王朝から紀元前332年にアレクサンドロス3世によって滅ぼされるまでの古代エジプト時代に、ナイル川のほとりで受け継がれてきた文明の絵画、彫刻、建築などの遺物。

古代エジプト美術

平面芸術

絵画、レリーフ等

エジプトの絵のスタイルは、約2500年もの間、ほぼ同じスタイルで描かれ続けてきました。
大きな特徴は、正面を向いた胴体に、横向きの顔と両足という固定したスタイル。直立し、凝固したようなポーズはファラオの神々しい姿を表し、描かれている、「静」の美は古代エジプト人の美意識の中心をなすもので、永遠性と結びついていました。

技法的には、岩山を穿って築いた墳墓の壁画などは漆喰により調整し、その上に描く方法が一般的でした。
顔料は色褪せることのない強い日差しに耐えられるように選択された鉱物性の粉末を玉にし、使うときにはこれを砕き、少量のゴムを混ぜた水に溶かして描きました。主色はオーカー系の赤・黄・褐色で青・緑系は酸化銅から、黒は煤から作られました。

主なルール
  • 頭や胴体、足は一定の比率で描く。
  • 地位の高い人物は、より大きく描く。
  • 顔は横顔とするが、目は正面を向いて描く。
  • 肩、胸、腕は正面を向けて描くが胴体と足は横向きとする。
  • 足は左右の区別が付くように描き分けない。土踏まずを描く場合には、両足に描く。
  • 遠近法を使わないが、集団を描くときには上下左右にずらして、少しずつ重ねて描く。
中王国時代

エジプト第11王朝ファラオ・メンチュヘテプ2世の墓(在位:紀元前2060 – 紀元前2010年頃)

古代エジプト美術
レスリングシーンの一部 ©Public domain

エジプト第12王朝ファラオ・センウセレト2世の墓(在位:紀元前1897 – 紀元前1878年頃)

古代エジプト美術
センウセレト2世の墓 ©Public domain
第2中間期

エジプト第13王朝ファラオ・アメニ・アンテフ4世の墓(在位: ? – 前1760年頃)

古代エジプト美術
アメニ・アンテフ4世と妻ヘメットの墓
古代エジプト美術
古代エジプトの農民の描写 Source: Wikipedia
新王国

エジプト第18王朝ファラオ・ハトシェプスト女王のハトシェプスト女王葬祭殿

古代エジプト美術
象形文字の装飾 Source: Wikipedia

エジプト第18王朝ファラオ・アメンホテプ4世治世の高官・ネブアメンの墓の壁画

古代エジプト美術
ネブアメンの墓の壁画 貴族がナイルの湿地で鳥を狩っている姿が描かれている。 Source: mural | Britannica.com

中王国

エジプト第12王朝ファラオ・センウセレト2世に仕えたカーヌムホテップの墓

エジプトに侵入するアジア人集団(ヒクソス人)を描いた壁画 Source: Wikipedia
エジプトに侵入するアジア人集団(ヒクソス人)を描いた壁画 Source: Wikipedia

新王国

第19王朝ファラオ・ラムセス2世の正妃・ネフェルタリ

ネフェルタリ 古代エジプト美術
墓室の内壁に描かれたネフェルタリの肖像 ©Public domain

立体芸術(彫刻)

絵画のように平面に転写するという過程を踏まず、直接的に伝わる表現が出来るため比較的写実性に即した物になっている。この場合でもあまり動的な物は好まれない。また、型(フォルム)に嵌ったような作品が多いのも特徴で、個性というものが薄く均一な印象を与えるが、これは多くの物と比べてみたときに顕著である。

立体芸術のなかで一番有名なのはツタンカーメン王の黄金の仮面であろう。これは純金の打ち出しで出来ていて贅沢の粋を凝らした物といえる。ツタンカーメンは19歳の若さで亡くなっており歴史上、あまり大きな業績を残してはいない。しかし、他のファラオの墓はほとんど盗掘されてしまっているのに対し彼の墓は完成以来ほとんど破損がないので、今では最も有名かつ貴重なエジプト遺産となっている。

初期王朝

エジプト第1王朝ファラオ・ナルメル(在位:紀元前3125 – 紀元前3062年頃)の「ナルメルのパレット」

ナルメル 古代エジプト美術
ナルメルのパレット
エジプト第4王朝ファラオ・メンカウラー(在位:紀元前2532 – 紀元前2504年頃)
古代エジプト美術
メンカウラーと女王 ボストン美術館蔵 Source: Wikipedia

エジプト第19王朝ファラオ・ラムセス2世(在位:紀元前1279 – 紀元前1212年頃)

古代エジプト美術
ラムセス2世 大英博物館蔵 Source: Wikipedia

新王国

エジプト第18王朝ファラオ・アメンホテプ3世 彫刻の頭部

古代エジプト美術
アメンホテプ3世 彫刻の頭部
Source: Wikipedia

エジプト第18王朝ファラオ・ツタンカーメンの仮面

ツタンカーメン 古代エジプト美術
ツタンカーメンの黄金のマスク(エジプト考古学博物館蔵) ©MykReeve

ファイアンス、陶器、ガラス

中王国

エジプト第12王朝ファラオ・センウセレト2世治世のネックレス

古代エジプト美術
Pectoral and Necklace of Sithathoryunet with the Name of Senwosret II メトロポリタン美術館蔵

新王国

エジプト第18王朝ファラオ・アメンホテプ3世治世のウシャブチ(葬祭用)

古代エジプト美術
Egyptian faience ushabti of Lady Sati. New Kingdom, Dynasty XVIII, reign of Amenhotep III, c. 1390-1352 BC. Possibly from Saqqara.
Source: Wikipedia

エジプト第18王朝ファラオ・アメンホテプ3世治世 ファイアンス作業技術の向上で生まれたファイアンス容器

古代エジプト美術
アメンホテプ3世治世のファイアンス容器 ウォルターズ美術館蔵 Source: Wikipedia

パピルス

新王国

エジプト第19王朝ファラオ・セティ1世に仕えたフネフェルの墓

古代エジプト美術
フネフェルのパピルス 大英博物館蔵 ©Public domain
『死者の書』から審判の場面。死者(フネフェル)はジャッカルの頭をもつアヌビスによって審判の場に連れて来られ、死者の心臓の重さを量る様子で、結果を待っているアメミットと記録をつけるトート。次に、計量に合格した死者が、隼の頭をもつホルスによって、イシスとネフティスを侍らせた、玉座に座っているオシリスに紹介されるところ。パピルスの上部には九柱の神々(エネアド)がおり、フネフェルが審判官であるその神々を崇拝する姿が描かれている。紀元前1275年頃制作、テーベで発見。

第3中間期

エジプト第21王朝ファラオ・プスセンネス1世、プスセンネス2世の墓

古代エジプト美術
The Singer of Amun Nany’s Funerary Papyrus Source: The Singer of Amun Nany's Funerary Papyrus | Third Intermediate Period | The Met

アマルナ美術

新王国

エジプト第18王朝ファラオ・アメンホテプ4世は、伝統の多神教アメン信仰を廃して一神教のアテン神を立てるという宗教改革を断行した。これをアマルナ宗教改革と呼ぶ。
アテン(「アテンに愛される者」の意、イクナートン)と名乗り、自身の姿を奇形に描かせるなど芸術上でも変化を誘導した。この流れに沿った様式はアマルナ様式と呼ばれ、人物の柔弱さ、人間的な叙情性、細かな装飾性が特徴である。ツタンカーメンはアクエンアテンの後継だったため、彼がアテン信仰からアメン信仰に戻したファラオだったにも関わらず王家の谷にある墓からはアマルナ様式のものが多く出る。様式をよく表しているものとしては同王墓から出た黄金の玉座があり、王と妃を表した人物の体格は家庭的な柔らかさがある。

アマルナ改革は急進的すぎたせいもあり神官達の猛反発を受けて結局挫折し、新しい様式もエジプトの伝統に乖離しすぎていたため一時限りのものに終わった。

アメンホテプ4世の娘をモデルとした

古代エジプト美術
アメンホテプ4世の二人の娘 アシュモリアン美術館蔵 ©Public domain

アメンホテプ4世の正妃・ネフェルティティをモデルとした彩色石灰岩彫刻。
古代エジプト美術 ネフェルティティの胸像
ネフェルティティの胸像 ©Philip Pikart/Neues Museum, Berlin.
アメンホテプ4世の家族をモデルとした「ルーブル美術館のプリンセス」
古代エジプト美術
Princesse de la famille d’Akhénaton, fragment de statuette de style amarnien, calcaire peint, hauteur environ 15 cm, musée du Louvre Source: Wikipedia

プトレマイオス朝

紀元前332年、マケドニアのアレクサンドロス3世に征服された後、プトレマイオス朝が始まり、ヘレニズム文化の様式となる。

女神イシスが息子ホルスに授乳するこの像は、プトレマイオス朝時代に搬入し、後に女神の教団を設立したローマに移し復活の強力な象徴となりました。ファイアンス彫刻のこの作品は、プトレマイオス朝の芸術スタイルは、エジプトファラオの伝統に参加します。女神の頭に彼女の名前を表し王位の象形文字です。彼女はまた、女王と女神のために予約ハゲタカヘッド・カバーを身に着けています。幼年期を示すための古代の慣習に従い、ホルスが裸であり、彼の頭の右側の髪の単一のロックを身に着けています。
古代エジプト美術
イシスとホルスの小像 メトロポリタン美術館蔵 Source: Statuette of Isis and Horus | Ptolemaic Period | The Met