前漢の最大領域と張騫の行路
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前漢の最大領域と張騫の行路

凡例

  • 前漢の領域(武帝即維持)
  • 前漢の最大領域
  • 匈奴きょうどの領域(冒頓単于ぼくとつぜんうの時代)
  • 張騫ちょうけんの行路

武帝の外征

前漢の初代皇帝・高祖劉邦が冒頓単于(ぼくとつぜんう)に敗れて以来、漢はその孫の軍臣単于(ぐんしんぜんう)が君臨する匈奴(きょうど)に対して低姿勢で臨んでいたが、前漢第7代皇帝・武帝は反攻作戦を画策する。

かつて匈奴に敗れて西へ落ちていった大月氏(げっし)へ張騫(ちょうけん)を派遣し、大月氏との同盟で匈奴の挟撃を狙った。
同盟は失敗に終わったものの、張騫の旅行によりそれまで漠然としていた北西部の情勢がはっきりとわかるようになった事が後の対匈奴戦に大きく影響した。

武帝は衛青(えいせい)とその甥の霍去病(かくきょへい)の両将軍を登用して、匈奴に当たらせ、幾度と無く匈奴を打ち破り、西域(せいいき)を漢の影響下に入れた。
更に李広利(りこうり)に命じて、大宛(だいおん)(現/中央アジアのフェルガナ地方)を征服し、汗血馬(かんけつば)を獲得した。また南越国(なんえつこく)に遠征し、郡県に組み入れ、衛氏朝鮮(えいしちょうせん)を滅ぼして楽浪郡(らくろうぐん)を初めとする漢四郡(かんのしぐん)を朝鮮に置いた。

これらの成果により前漢の最大版図を築き、武帝の治世は前漢の全盛期と賞される。高祖にすら成し遂げられなかった匈奴打倒を達成した武帝は泰山に封禅の儀式を行って、自らの功績を上天に報告した。

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前漢の最大領域と張騫の行路地図
前漢の最大領域と張騫の行路地図 ©世界の歴史まっぷ

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