コルテス-アステカの最後-
ウォリアーズ 歴史を動かした男たち ©BBC Worldwide

コルテス-アステカの最後- ウォリアーズ 歴史を動かした男たち

海外ドラマ

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コルテス-アステカの最後-

「ウォリアーズ 歴史を動かした男たち」は、世界を動かした6人の覇者の物語。ヒーロー誕生の“秘話”がここにある。 日本史上最も有名な“関が原の合戦”の勝者、徳川家康。黄金の国アステカを滅亡に追いやったスペインの征服者コルテス。無名の陸軍大尉から、トゥーロン攻囲戦で英雄となった若き日の皇帝ナポレオン。ローマを脅かす巨大帝国を築き上げたフン族のアッティラ大王。十字軍遠征で名を馳せ、獅子心王と恐れられたイングランド王、リチャード一世。奴隷の身から数万の反乱軍を指揮し、ローマに戦いを挑んだスパルタクスら、歴史を動かした6人の英雄たちの姿を、ドラマ史上空前のスケールで描く歴史スペクタクル・シリーズ。
ここでは第4話の「コルテス-アステカの最後-」を取り上げる。アステカ征服という偉業と、アステカ文明滅亡させた歴史的蛮行、ふたつの文明の衝突が悲惨な結末と破壊を招いた、当時の文献に基づきと歴史家の助言を得て史実を描いた歴史ドラマである。

コルテス-アステカの最後-

時代背景

16世紀、メキシコ中央高原のアステカ王国は繁栄の絶頂期にあった。テスココ湖の浮洲の上に首都テノチティトランを建設し、すぐれた軍事組織をつうじて、メキシコの広い領域を支配していた。テノチティトランは人口20万から30万、巨大な宮殿、大ピラミッド、神殿をもつ壮麗な都市であった。
しかし、スペインのコンキスタドールのエルナン・コルテスに占領され、1521年アステカ王国は滅亡し、メキシコ中央高原に栄えた文明も滅びた。

あらすじ

コルテス
コルテスの征服路 コルテスの征服路 Wikipedia

コロンブスが新大陸を発見して30年、海沿いに旅する探検家たちは、夢の都市の噂を耳にする。それは大陸の奥深くにあるという。巨大なピラミッド、水上に巡らされた道、黄金で埋めつくされた王宮。王はアステカ族を支配し、無数の奴隷と生贄信仰を持つという。王の名はモクテスマ2世。捕虜を食い、その心臓を太陽に捧げるという。

1519年、エルナン・コルテスはキューバ総督ディエゴ・ベラスケスの命令に違反して500人の兵、馬16頭、帆船11隻を率いて、国王のため、国のため、キリスト教会のためにアメリカ大陸を征服し住民をキリスト教に改宗させるためにメキシコに渡り、船を沈め退路を絶った。

コルテスは遠征隊を率いて噂の都市テノチティトランを目指した。途中アステカ族と敵対するトラスカラ族を制圧した。遠征隊にインディオの戦士1千人を加えていた。

アステカの宿敵であるトラスカラ人と戦い和睦して同盟を結び、さらにテスココなど各地の勢力と同盟を結んだ上でアステカへと向かった。当時、過酷な税制によってアステカ支配下の諸民族は不満を強めており、これがコルテスらの軍と同盟を結ばせる動機となった。結果、スペインと諸民族の混成軍は膨大な数に上った。

その中にいた女性ドニャ・マリーナは通訳を務めた。3ヶ月後、テノチティトランにたどり着くと目を見張った。人口20万を超える大都市はヨーロッパのどの都市より大きかった。

コルテスが一国を制圧できたのは、モクテスマ2世が迷信深い未開人で、コステスを神と信じたためといわれる。だが実際には、モクテスマ2世は高度な文明を統治する知者であり、強大な支配者だった。コルテスはモクテスマ2世に、キリスト教国の王カルロス1世(カール5世(神聖ローマ皇帝))の外交施設として両国の友好を結ぶために来たと告げると、宮殿のひとつを宿舎として与え歓迎された。
生贄の祭壇を目撃したコルテスらは、現地の文化を理解しようとはせず、それを批判し、キリスト教会をたてようと計画する。間借りしている宮殿内に、黄金の財宝を発見すると、これは神からの褒美だと確信する。

1519年11月14日、コルテスはモクテスマ2世を幽閉した。王は最高権力者であり、王を制すれば帝国を制したことになる。黄金の供出と生贄の禁止を王の名で命じさせた。黄金の装飾品は溶かして持ち運びやすいように延べ棒にした。

コルテスは国王の承認を得ていなかったため、1千の追討軍が送られた。捉えられれば絞首刑だ。1520年5月初旬、ペドロ・デ・アルバラードと兵百人に留守を託し、コルテスの小隊は山を越え、追討軍を迎撃し、黄金を見せ、黄金を持って帰国すれば英雄になれると、仲間に誘いこんだ。コルテスは兵を3倍にしてテノチティトランへ戻って来たが、都市は一変していた。

留守を任されていたアルバラードらは、インディオが祭りの儀式で心臓をえぐるのを見て自分たちも殺されると思い、丸腰の民を何百人も虐殺した。激怒したインディオは団結してスペイン人を攻撃し、戦闘となった。これ以上の死者を出さないためにモクテスマ2世に住民を説得させたが、逆に激怒した民衆に殺されてしまう。
暴動はさらに拡大して、コルテスは命からがらテノチティトランを後にした。兵の4分の3を失った、多くが持ち帰ろうとした黄金の重みで溺れた。この事件はスペイン側からは「悲しき夜(ノチェ・トリステ)」と呼ばれた。

コルテスの金髪は、インディオたちに白い神ケツァルコアトルの化身と勘違いされていた。

敗残の兵を率いて同盟国トラスカラへ撤退したが、手ぶらで帰っては死刑が待っているだけのコルテスは、インディオを騙し、あるいは脅して兵力を増強してステカの地で内戦を始めた。15週間でオークの森を丸裸にして、全長15m、大砲1門、定員30人の船6隻を作らせた。それをさらに解体し、8千人のインディオに山を越えてテノチティトランへ運ばせた。

槍を投げるインディオに船から大砲と拳銃で攻撃しながら進み、テノチティトランを包囲し兵糧攻めにした。包囲されたアステカ人は飢え、さらにスペイン人が持ち込んだ天然痘が流行した。

1521年8月13日 8ヶ月に及ぶ戦いにより25万の死者を出した後、テノチティトランはコルテスらの手に落ちた。だが黄金は無かった。モクテスマ2世の跡を継いだクアウテモックを拷問して問い詰めたが見つからなかった。スペイン兵の大半は新大陸に残り征服の代償の少なさを思い知った。
コルテスは国王より巨額の報酬を得るが、その名は今では「文明破壊」の象徴となっている。1世紀のうちにアステカ人の人口は9割が消失した。ヨーロッパの銃・病原菌・鉄のせいだった。

今、テノチティトランの跡には世界最大級の都市「メキシコ・シティ」がある。そこにコルテスの銅像はない。
アステカ王国の都テノチティトランがあった場所に建設されたメキシコ・シティは「メキシコシティ歴史地区とソチミルコ」として世界遺産に登録されている。

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