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カール大帝(シャルルマーニュ) カロリング朝 カール大帝の西ローマ帝国地図
カール大帝の西ローマ帝国地図 ©世界の歴史まっぷ

カール大帝の西ローマ帝国地図
地名:フランク王国, カール大帝, 西ローマ帝国, ザクセン人, アヴァール人, ヴェンド族, セーヌ川, ライン川, ローヌ川, エルベ川, オーデル川, ドナウ川, ロワール川, パリ, ラヴェンナ, ミラノ, モンテ・カッシーノ, ローマ, ア―ヘン, トゥ―ル, ポワティエ, スペイン辺境, ランゴバルド王国, 教皇領, 東ローマ帝国, スラヴ諸族, 後ウマイヤ朝

カール大帝の西ローマ帝国地図

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カール大帝の西ローマ帝国地図 ©世界の歴史まっぷ

凡例

フランク王国の領域

フランク王国は、5世紀から9世紀にかけて西ヨーロッパを支配したゲルマン系の王国。現在のフランス・イタリア北部・ドイツ西部・オランダ・ベルギー・ルクセンブルク・スイス・オーストリア及びスロベニアを領土とし、最大版図はイベリア半島とイタリア半島南部を除く西ヨーロッパ大陸部のほぼ全域に及ぶ。ゲルマン系フランク人のサリー・フランク族が建てた王国であることからこの名がある。首都は508年にパリに置かれ、カール大帝時代はアーヘンに王宮が置かれてここが事実上の首都となった。

カール大帝の征服地

カール大帝は、フランク王国の国王(在位:768年〜814年)。カロリング朝を開いたピピン3世(小ピピン)の子。
カールの生涯の大半は征服行で占められていた。46年間の治世のあいだに53回もの軍事遠征をおこなっている。

  • 774年 ランゴバルドの首都パヴィアを占領し、自らランゴバルド王となってローマ教皇領の保護者となった。
  • 772年、ドイツ北部にいたゲルマン人の一派ザクセン族を服属させようとし、ザクセン戦争を開始した。32年後の804年に完全に服属させた。

参考

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